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「地図」
ある日、
町の名前が急に変わった
まっすぐ
美しい線を引く
定規と黒ペンで
その土地の記憶を
生まれ変わらせるように
ひとりひとりの人間や
虫や花の小さな秘跡を
やさしく、でも確実に
末代にわたって
消し去るように
深く
まっすぐな
線を入れる
雑木林に曲がりくねった小川
お気に入りの花咲く木陰
ー春は黄色のケナリが美しいー
入り乱れた集落の曲線
月夜の踊り
至る所に息吹く
お祈りのことば
それらの上から
さっと
黒線を引いて
みんなで祝った
新しい名前
約束された発展
儲かる話
声はデカい方が響き
数は多い方が安心だ
身体は強い方が生き残る
無駄なことは考えるな
そのほうが心は健全だ
我々の安全を脅かすものには
恐れず鉄槌を下せ
よそ者は怖いのだ
だからもっと線を引け
ちゃんと引け
力尽きる者は
ただ運が悪かっただけ
ああ、恐ろしい
同じ運命にあわぬよう
ご先祖様に夜祈ろう
どこもかしこも
賑やかな歌が流行るのは
男も女も子供も、誰もが
沈黙には耐えきれないから
そして渦中にいる者、
渦中にいる者たちの声は
届いても、届いても、
まだ足りず
届いても、届いても、
ただの音
届いても、届いても、
背景に消化されてゆく幻聴
ごうごうと轟く炎
目の前で焼かれているわ、村
燃え盛る炎を見て叫ぶ人々
うつるうつる
茅葺き屋根眺める
水なき村
バケツに溜まった自分たちの尿で
火を消す
集まった近所の人たちと
早く、早く、
火が子どもの肉を炙っているのに
焼け落ちる屋根に
ぶちまけられるだけの尿
臭くて茶色いおしっこが
白いブラウスに染みつく
こうやって
私たちの奥は裂け
傷口からは
幾度も
黒い歌が
鳴り響く
それでも
我々は
大したことはないと
己の安堵を夢見て
軽やかに
線を入れる
大地や
海に
皮膚と皮膚の間に
異質なものと
そうでないもの
我々と彼ら
ツルっと滑ってしまいそうな
心の表面に
一体、
誰の権限でもって
誰の掟のもとに
地に
線を引くのか
仕方がなかったことだ
我々はなにも知らなかった
そんなことは「起こらなかった」
誰の権限でもって
誰の掟のもとに
記憶を消し去るのか
私は忘れない
灰になってしまったものたちを
尿で汚れた祖母の白いブラウスを
私がうたうのは
はるか昔、まだ人がペンを持たず
地上に線もなかった頃
草原でなんとか生き延びた、苦悩
遠い大陸を渡ってきた時から
途絶えることなく
風や生きものがみな知っている
誰にも奪えぬうた
細胞に残る
涙のうただ
生命の誇りに
線を引くな