昭和のレジェンドランナー ① 増田明美サン(注:かなりマニアックです)
「ランスマ倶楽部」という市民ランナー向けのテレビ番組があります。
https://www.nhk.jp/p/run/ts/37G6753ZPW/
以前から放送されているのは知っていましたが、本格的に見始めたのはつい最近。
出演者の1人である藤原新さん(2012年ロンドン五輪男子マラソン日本代表)には、今年彼がベースメーカーで出場したトラックレースで周回遅れにされたので(当然だが)、次回はせめて周回遅れだけは阻止したいです!
...はともかく、話は「ランスマ倶楽部」に戻りますが、この番組に登場する過去の名ランナーがすご過ぎるのです!
先の藤原新さんのほかによく登場する方は、
○ 瀬古利彦さん
○ 金哲彦さん
等々
そして今年の放送ですごいのは、これらの「レジェンドランナー」がさらに別の「レジェンド」を迎えての特別対談。
瀬古利彦さんは往年の名ライバルであったあの「宗兄弟」。
金哲彦さんは同じリクルート所属の同僚で、のちに師弟関係にもなった有森裕子さん。
どちらの対談も現役当時が壮絶だった為、私みたいな古くからの「陸上オタク」にはタマラない中身でした。
その中で今日取り上げるのは、10月31日の最新放送で対談した「増田明美×野口みずき」です!
https://www.nhk.jp/p/run/ts/37G6753ZPW/episode/te/K8G7ZNW462/
いうまでもありませんが、増田明美さんは1984年ロス五輪での女子マラソン初の日本代表。
野口みずきさんは2004年アテネ五輪女子マラソン金メダリストで現在も日本記録保持者。
その中で今日は、増田明美さんについて書きたいと思います。
時は遡って40年前。
僕が病のため走れないでいた1981年3月頃のこと。
走れないモヤモヤを埋める意味もあり、当時大好きだった「室内陸上」を観るために、代々木第一体育館に足繁く通っていました。
たしか、国内大会と国際大会が連続で開催されて両方観に行ったのですが、最初の国内大会女子1500メートルでのこと。
スタートすると1人だけ「異次元の走り」をする選手がいたのです。
それが当時、4月から成田高校3年生となる増田明美さんでした。
私も彼女と同じ千葉県出身ということもあり、その時からくぎづけとなりました。
おそらくですが当時はまだ国内的にも無名で、手前味噌ながら僕はその段階で「これはすごい選手になる!」と直感出来たのです。
傷心の僕を気遣って臨時のお小遣いをくれた両親に「成田高校にすごい選手がいるよ!」と喜び勇んで話した記憶があります。
直後の国際大会にも日本代表で出場し、外国の強豪選手には遅れを取るも、日本人選手にはやはり敵なし。
10月31日の「ランスマ倶楽部」ではその後の活躍から紹介してましたネ。
私が観た室内陸上は映像が残ってない、かもしれません。
なんと高校3年で当時の女子マラソン日本最高を樹立。
その活躍自体は当時知っていましたが、放送ではあえて目立たない千葉のローカルな大会に出場したと告白し、映像見る限り出場した女子選手はたった3人!
高校3年当時から国内では、中長距離からマラソンまで完全無敵!
今で言えば、田中希実選手と新谷仁美選手と一山麻緒選手を1人にしたようなものだったのです!
それでも3年後のロス五輪では実力を全く発揮出来ず途中棄権。
日の丸を背負う重圧が今よりも遥かに大きい「昭和ならでは」という世相だったのでしょうか?
でもとにもかくにも、増田明美さんはただの「迷解説者」ではない!ということだけは強くお伝えしたいです♪
ちなみに「ランスマ倶楽部」では取り上げていませんでしたが、ロス五輪後、その増田明美さんは全日本実業団女子駅伝(今は「クイーンズ駅伝」と言いますね)でも活躍。
しかしながらその駅伝で彼女に引導を渡す活躍をしたのが、当時ニコニコ堂で増田さんよりさらに小柄だった「松野明美サン」でしたネ〜
当時の写真⤵︎
https://photobank.mainichi.co.jp/kiji_detail.php?id=P20020910dd1dd1phj309000
では
#ランスマ倶楽部 #藤原新 #増田明美 #松野明美