AI・人工知能を活用した特許調査ツールとの付き合い方について考えてみる
日本で初めてAIを用いた特許調査ツールが登場したのは2015年秋でした。
それから5年が経過して、現在は様々なAIを活用した特許調査ツールが各社からリリースされています。
ちなみに、「なにをもって人工知能を活用」と言えるのか?については、あくまでも各社が人工知能と謳っていれば、を基準にしています。
AI特許調査ツールが普及すれば、特許調査業務はなくなるのか?と言えば、ないと思います。
私がそう考える理由について、ここでまとめておきたいと思います。
1.どういう目的でAIツールを使うのか?
人工知能について話す際に、どうしても手段であるAIが自己目的化してしまっていることが多いと思います。
AIはあくまでツールであって、何らかの目的を実現するためのものであることをまずは認識する必要があります。
AI特許調査ツールを業務へ適用する際には以下の2×2のマトリックスで考えると良いのではないでしょうか。
横軸はAI・人工知能ツールを用いるか、または従来型の人が検索式を作成して読み込むかの軸です。
縦軸は何を重視するかの軸で、成果や結果を重視するのか、またはプロセスを重視するのかの軸です。
1-1.先行技術調査、無効資料調査・有効性調査
最近よくニュース等でみかけるのは、先行技術調査などを念頭においたAI特許調査ツールです。
これらは、研究者・技術者から上がってきた発明を出願すべきか否かを迅速に判断する必要がありますので、マトリックス上では第1象限に位置します(ここでは話を単純化していますが、プロセスが全く不要という訳ではありません)。
特許明細書を書く弁理士の方々は、必ずしも特許調査実務に慣れていないので、そういう不慣れな方々が利用するという点でも、従来型のキーワード・特許分類ベースの検索式を構築しなければならない特許調査より、AI特許調査ツールの方がとっつきやすいでしょう。
また、先行技術調査と合わせて、比較的短時間に結果を出すことが求められる無効資料調査や有効性調査も、成果重視なのでAI特許調査ツールを活用する方が良いでしょう。
無効資料調査は他社の特許を無効化するための先行文献を探すための調査です。一方、有効性調査は自社特許権が無効になってしまうような先行文献がないかを確認するための調査です。
1-2.侵害防止調査・FTO(Freedom To Operate)
続いて、企業の特許調査業務の中で重要なポーションを占める侵害防止調査・FTOはどうでしょう。
どこの象限に属するか?と言われると、侵害防止調査・FTOは第3象限のプロセス重視で、ヒトが実施すると私は考えています。
原則、侵害防止調査・FTOでは他社の特許権を侵害しないように他社の特許を調べていきますので、極力モレないようにすることが重要です。仮に把握すべき重要な特許文献がモレてしまった場合、なぜその文献が漏れたかを確認する必要がありますので、人工知能のようなブラックボックスでは検証のしようがありません。
1-3.適合率と再現率の面から考える
上記で
第1象限(AI×成果) 先行技術調査、無効資料調査・有効性調査
第3象限(ヒト×プロセス) 侵害防止調査・FTO
と整理しましたが、適合率(どれだけ母集団の中に該当が含まれているか)と再現率(どれだけ母集団が網羅しているか、正解集合を含んでいるか)の面から考えると、成果というのは適合率重視、プロセスというのは再現率重視と考えることもできます。
まずAI特許調査ツールは短時間で成果を上げる、要は適合率重視の目的であればとても理にかなっています。
2.AI特許調査ツールとヒトの相互補完
ここまでの話で第2象限と第4象限については触れていません。
この2つの象限は不要なのか?というとそうではありません。
2-1.ヒトが先行技術調査を行うメリット
上述の通り、先行技術調査については(特に特許調査に慣れていない方の場合)AI特許調査ツールを用いた方が、短時間で関連する先行文献を探すことができると思います。
それでも先行技術調査をヒトが行うメリットは何か?というと、それはノイズの効用です。
私はもともと先行技術調査については「研究者・技術者または特許明細書を書く方(=弁理士・特許技術者)が実施するべき」だと考えています。
通常特許調査会社では、クライアントから先行技術調査を受託すると、関連する先行文献3-5件に絞り込んでクレームチャートにまとめて報告します(報告するフォーマットは調査会社によって異なると思いますが)。
AI特許調査ツールで代替できるのはこの部分です。
いいじゃん、AIで手間が省けて、と思われるかもしれませんが、実は研究者・技術者の方が自分の発明について、少し違った観点から見直すきっかけだったり、弁理士・特許技術者の方がより良いクレームの表現を思いついたりするときには関連する先行文献3-5件以外の周辺にある特許が参考になるのではないかと思っています。
イメージにすると以下のようになります。
実際に発明のブラッシュアップやクレーム表現の気づきに役立つ特許がどれくらいあるのかは分かりませんし、ひょっとするとないかもしれませんが、関連する先行文献だけを見ていれば良いのか?というとそうでもないだろうと思うわけです。
この点=ノイズの効用については、まだ自分でも過去の研究なども十分に調べていないので、またどこかの機会で整理して発表したいと思います。
2-2.AIで侵害防止調査・FTOを行うメリット
1-2ではヒトが行うべきとした侵害防止調査・FTOですが、AI特許調査ツールを活用するメリットはあります。
主にメリットは
1.ヒトが調査したモレを補足
2.ヒトが探した範囲外から関連特許を抽出
の2つです。
人間が調査する以上、重要特許を抽出するのをミスしてしまうことはあります。そのようなミスを補うためにAI特許調査ツールを活用します。
要は人間が読み込んだ母集団をAI特許調査ツールにインポートして、教師信号にイ号の観点を設定することで、AIから見た重要特許を抽出してもらいます。人間が抽出した特許と一致すればOKですし、一致しない特許があるのであればなぜ一致しないのかを検討します。
もう1つは人間が設定した母集団には含まれていない重要特許を抽出するためにAI特許調査ツールを活用します。
調査のデッドラインが決まっている場合、一定期間内に人間が読み込み可能な件数は限られていますので、設定した母集団内しか調査ができません。もちろん、この範囲はしっかり調査しましたというプロセス重視の面では良いのですが、他社の特許権を侵害しないようにするという目的を実現するために、AI特許調査ツールを活用してヒトが行った特許調査にプラスアルファするわけです。
3.まとめ
以上、簡単ですがAI特許調査ツールとの付き合い方について私見をまとめてみました。
ここでは書いていませんが、特許分析やIPランドスケープでは、AIツールを活用することも重要ですが、人間が知恵を絞って分析デザインすることがより重要になってきます。分析とAIツールについてはまた別に機会に記したいと思います。
4.参考文献
AI特許調査・分析ツールについては、過去に様々なところで論考を寄稿させていただいていますので、以下も合わせて参照していただければ幸いです。
特許情報と人工知能(AI):総論
情報の科学と技術/68 巻 (2018) 7 号
特許情報をめぐる最新のトレンド─人工知能、IPランドスケープおよび特許検索データベースの進化─
Japio YEAR BOOK 2018
知財情報調査・分析を取り巻く人工知能とその周辺動向-AIツール・RPAツールとの協働・共創時代へ-
Japio YEAR BOOK 2019