ピクトグラムによる知財ビジネスモデルの可視化(第1報:可視化手法について)
要約
研究開発活動およびその成果を知的財産権として出願・権利化しても、事業として利益を上げられない状況が問題視されている。本研究ではそのような状況に対して、ピクトグラムを用いたビジネスモデル可視化手法(ピクト図解)に知財の効果を反映することを提案する。第1報は書籍で提唱されているピクト図解をベースに、ビジネスモデルにおける知財の効果を可視化する方法について述べる。
1 緒言
事業戦略・R&D戦略・知財戦略の三位一体経営が提唱されてから10年が経過した(図1)。しかしキヤノンなど以前から三位一体経営を実現していた一部の企業を除いて、新たに三位一体経営に取り組むことで業績を著しく増加したり、改善した例はあまり出ていない。
最近では“技術力で勝ち、事業で負ける日本”(1)(2)といった論調で、新規技術の事業化フェーズでの弱さが指摘されている。
経済産業研究所の発明者サーベイにおいても同様の結果が指摘されている(3)。本サーベイでは日本企業の経営における研究開発の課題を(1)発明者報酬・評価・研究への制約、(2)R&D戦略、(3)商業化能力・知財の活用、(4)その他の問題の4カテゴリーに整理している。この中で上記指摘にあたる“商業化能力・知財の活用”カテゴリーでは、“先見性を含め、従来に無かったビジネス(モデル)を構想する力が、日本の特に製造業のトップマネジメント~中間マネジメント層に足りない”、“新しい技術が発明されてもそれをビジネスとして立ち上げるために必要なマネジメント能力が乏しい”といった指摘がなされている。
これまで三位一体経営を実現するために、国や企業知財マネージャーレベルから様々な提言がなされている(4)(5)。しかし発明者サーベイでも指摘されているように、新規技術とビジネスモデルをリンクさせるためのフレームワークは提案されていない。特に知財戦略を練る上で、新規技術とビジネスモデルをリンクさせるだけでは十分ではなく、知財をどのように確保すべきか?という観点も含めたフレームワークが求められている。
本研究では板橋氏が提唱しているビジネスモデルの可視化手法“ピクト図解”(6)-(8)に着目した。ただし“ピクト図解”では技術、知財の視点は含まれていない。そこで本研究では“ピクト図解”をベースにして、新規技術のビジネスモデルおよび知財ポートフォリオ構築に活用できるフレームワークを提案することを目的とする。
2 ピクトグラム・ピクト図解について
ピクト図解とは、板橋氏が考案した目に見えないビジネスモデルをシンプルな絵として描くことで可視化する手法である(6)-(8)。ピクト図解のベースとなっているのがピクトグラム(Pictogram)である。ピクトグラムとは何らかの情報や注意を示すために表示される視覚記号の1つである(9)。図2にピクトグラムの例を示す。ピクトグラムは国ごとによって異なるが一部のピクトグラムについては国際標準にもなっている。
3 ピクト図解によるビジネスモデル可視化
板橋氏はピクト図解の表記ルールとして図3のようなエレメント・コネクタ・オプションの利用を定めている。またビジネスの主体に色をつけてビジネスの構造を見やすくするローカルルールも定めている。
このエレメント・コネクタ・オプションを用いることで、ビジネスの基本的な構造である「誰が、誰に、何を、いくらで」売ってビジネスが成り立っているのかを可視化することができる。
図4は板橋氏の著作で紹介されているインクジェットプリンタのピクト図である。
この例では、まず個人が法人(例ではエプソン)からインクジェットプリンタを14,980円で購入している。その後、時間の経過とともにインクカートリッジを消耗するので、定期的に3,980円のインクカートリッジを購入している。なお、このビジネスモデルは消耗品モデル(インストールベース・ビジネスモデル)と呼ばれ、ジレットのひげそりや東レの浄水器などがこのモデルに該当する。図4の例は極めてシンプルなピクト図になっているが、板橋氏の別の著作(7)では図3のシンプルな表記ルールを用いながらも複雑なビジネスモデルを可視化している。
4 ピクト図解を利用した新規技術ビジネスモデルおよび知財ポートフォリオ構築
ピクト図解による新規技術のビジネスモデルおよび知財ポートフォリオ構築を行う上で必須となるフレームワークが図5に示したマイケル・ポーターの5フォースである(11)。業界(=事業)の魅力度は、業界内の競合他社との競争関係だけではなく、他に4つの要因によって決定されるというポーターの5フォースを用いることで、同様の製品・サービスを提供する単なる競合他社だけではなく、サプライヤ(供給者)・ユーザー(顧客)の関係も網羅的に検討することができる。
図6にピクト図解をベースとした新規技術ビジネスモデルおよび知財ポートフォリオ構築の流れを示した。まずは新規技術をベースとしたピクト図を描く。このピクト図をポーターの5フォースの観点で見直してピクト図の追加・修正を行う。これで新規技術(製品・サービス)を取り巻くピクト図が完成する。このピクト図は製品・サービスレイヤーのものであり、そのままでは知財ポートフォリオ構築に利用することはできない。
知財ポートフォリオ構築のためには、製品・サービスレイヤーのピクト図で“→”で表現される“販売される”モノについて上位概念で捉えた上位概念レイヤーのピクト図が必要となる。例えば図4で例示したインクジェットプリンタであれば、プリンタは“あるデータ(文字・画像など)を別のメディア(紙など)へ移す”機能を有する装置である。メディアを普通紙ではなくハガキ、CD-ROMに変えることは普通に考えられる。またデータを文字・画像ではなく回路の配線パターン、メディアを基板とすれば半導体プロセスへの展開も見えてくる。このように上位概念でモノの機能を捉えることで、想定している製品・サービスの延長線上での上位概念での出願・権利化だけではなく、別の装置・サービスへの展開も検討可能となる。
5 結言および今後の展望
本稿では板橋氏の提唱しているピクト図解をベースに新規技術のビジネスモデルおよび知財ポートフォリオ構築に活用できるフレームワークを提案した。しかしフレームワークの提案にとどまっており、実際の各種モデル・各種業種での実際の検討は十分に行えていない。
板橋氏の著作では代表的なビジネスモデルとして8つ紹介しているが、同じくビジネスモデルを取り扱ったスライウォツキー氏の著作(12)ではB to CだけではなくB to Bも含めて23の利益モデルを紹介している。今後はスライウォツキー氏の提示している利益モデルをもとに、各利益モデルと知財ポートフォリオの関係性について検討を進めていく予定である。また今後ますます重要性の増す技術標準についても、本フレームワーク内での適用ができないか検討を行っていく予定である。
参考文献
妹尾 堅一郎、技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由、ダイヤモンド社、2009年
小川紘一、国際標準化と事業戦略―日本型イノベーションとしての標準化ビジネスモデル、白桃書房、2009年
西村淳一ら、発明者からみた日本の研究開発の課題-発明者サーベイ自由記述調査から-、RIETIディスカッション・ペーパー 09-J-031、2009年
特許庁、戦略的な知的財産管理に向けて-技術経営力を高めるために-<知財戦略事例集>、2007年
長谷川 曉司、御社の特許戦略がダメな理由、中経出版、2010年
板橋悟、ビジネスモデルを見える化するピクト図解、ダイヤモンド社、2010年
板橋悟、iPadでつかむビジネスチャンス ピクト図解ですっきり見える!、朝日新聞出版、2010年
日本登録商標5384169、ピクト図解
ウィキペディア、ピクトグラム、2011-05-08 accessed
交通エコロジー・モビリティ財団、2011-05-08 accessed
マイケル・E. ポーター、競争戦略論I、ダイヤモンド社、1999年
エイドリアン・J・スライウォツキー、ザ・プロフィット 利益はどのようにして生まれるのか、ダイヤモンド社、2002年
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