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プロダクトライフサイクル成熟期・衰退期における知財ミックスの定量的検証
本記事のオリジナルは2017年12月2-3日開催「日本知財学会第15回年次学術研究発表会」で発表した内容になります。
1 緒言
マーケティング戦略においては4つのP(Product, Place, Price, Promotion)を適切に組み合わせるマーケティングミックスが重要である(1) 。杉光はマーケティング戦略における知的財産の機能として経営情報開示、市場参加抑制、市場排除、市場参加資格の最低限4つあることを示し、知的財産がマーケティング・ツールとして有効であると述べている (2)。一方、特許だけではなく意匠・商標・ノウハウなどを有機的かつ複合的に活用して自社製品・サービスの保護や競争優位性構築につなげる“知財ミックス”という言葉が昨今使われるようになっており(3)、2017年4月に策定された知財人材スキル標準(version 2.0) (4)においても“知財ミックスパッケージの提案”が業務内容の1つとして提示されている。
ブランド・商標と比べて積極的には研究対象として取り上げられてこなかった意匠・デザインであるが、近年研究が活発になっている(5)ー(7)。また、経営学からのアプローチでデザインマネジメントに関する研究書(8)および教科書(9)も公開されている。さらに事業戦略におけるデザインの役割についてもアンケート調査を通じて明らかにされている(10)。一方、知財ミックスに関する先行研究としては、特に特許情報と意匠情報を用いて、日立のデザイナー発明者と非デザイナー発明者別の特許出願レイティングに着目した研究(11)や特定企業の特許発明者・意匠創作者の分析や特許図面と意匠図面による事例分析(12)ー(13)がある。
本研究では知財ミックスについて意匠情報と特許情報を用いて定量分析を行う。その際に、プロダクトライフサイクル成熟期・成長期にあるコモディティ化製品に着目し、各製品全体と主要企業の知財ミックス率(=意匠/特許・実案)について定量的に可視化し、知財ミックス戦略策定へ基礎データを提供することを目的としている。
2 分析対象および分析方法
分析対象国としては日本を選定した。特定製品・企業分析については日本特許・実用新案および意匠情報を用いる(以下、特許情報と述べた場合は実用新案情報も含む)。データベースとしてはPanasonic PatentSQUAREを用い、1987年以降出願のデータを対象とした。
本研究ではプロダクトライフサイクル成熟期・衰退期における知財ミックス状況の定量評価を行うため、分析対象のコモディティ製品として、世帯普及率がほぼ100%である冷蔵庫、洗濯機、掃除機に加えて、コタツやランドセルといった季節性・世代性が影響する製品も加えた。表1に本研究の個別製品別分析母集団を示す。製品ごとの推移をExcel機能のスパークライン(ワークシートのセルの中の小さなグラフでデータを視覚的に表現)で示している。
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本研究では特に意匠と特許の知財ミックスについて分析するため、「知財ミックス率(=意匠件数/特許・実案件数)」を基に知財ミックス状況について可視化していく。
3 グローバルおよび日本・米国における知財ミックス率
図1にグローバルおよび日本・米国における知財ミックス率推移を示す(取得可能データの関係でグローバル知財ミックス率は1995年から、日本・米国の知財ミックス率は1987年からの推移を示している)。知財ミックス率算出に用いたデータはIP Statistics Data Centerより取得した。知財ミックス率の分子は意匠件数(米国はデザイン特許)、分母は特許件数(日本は実案件数も含む)である。
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グローバルでの知財ミックス率は1995年の15%から徐々に増加し2012年に29%とピークを迎え、その後減少傾向にある。しかし、この知財ミックス率の増加には中国意匠出願が大きな影響を与えているため、中国意匠を除いた知財ミックス率を算出すると、1995年以降15~16%で横ばいになる。また日本・米国における知財ミックス率もそれぞれ9~10%、6~7%程度で横ばいである。特に日本においては“失われた20年”の間に様々な製品がコモディティ化しており、知財ミックス率に何らかの変化が見られるかと考えたが、マクロベースでの変化は確認できなかった。
4 コモディティ化製品における知財ミックス率
表2の対象製品と特許・実案および意匠件数・推移により、選定した7つの製品はいずれも知財ミックス率が上昇傾向にあり、特にアイロンやランドセル、扇風機は意匠出願の増加に依る知財ミックス率が上昇している。扇風機についてはダイソン社による羽根のない扇風機の市場投入の影響が大きいと考えられる。
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表3には主要企業の対象製品別知財ミックス率(左表)と各製品平均との比較(右表)を示した(企業名は名寄せし、グループ会社も含めている)。アイロンや扇風機などは、洗濯機や冷蔵庫と比べると知財ミックス率が高い傾向にある。また大手家電メーカーの中では日立やシャープの知財ミックス率が各製品平均値よりも高いことが分かった。
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表4には日立やシャープなど知財ミックス率が平均よりも高い企業と、パナソニックなどの比較対象企業の上位発明者・創作者と全発明者・創作者および発明者兼創作者の人数を示している(ダイソンについては名寄せが十分できていない可能性がある)。
知財ミックス率が平均より高かった日立では、上位創作者は発明者としても上位ランクインしており、これはダイソンと類似した傾向である。つまりコモディティ化製品に対しては製品開発と同時にデザインによる高付加価値化を創作者と発明者を融合した組織で進めていると推測される。一方、同じく知財ミックス率が平均より高いシャープの上位創作者と上位発明者が明確に分かれており、研究開発とデザインが独立していると推定される。
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5 結論および今後の研究の方向性
本研究ではプロダクトライフサイクル成熟期および衰退期にあるコモディティ製品の例として白物家電・生活家電を取り上げて、特許・実用新案と意匠出願面から全般的および各社別の知財ミックスについて定量的に検証した。世帯普及率が100%近いコモディティ化製品を取り上げて知財ミックス率を確認したが、実際の製品販売動向との関連性および知財ミックス率と業績の相関・因果についてはまだ確認できておらず、今後の研究にて明らかにしていくべき点である。
参考文献
沼上幹, わかりやすいマーケティング戦略, 有斐閣, 2008
杉光一成, マーケティング・ツールとしての知的財産, IAMディスカッション・ペーパー・シリーズ #38 , 2014
乾智彦, 知財ミックス戦略及び知財権ミックス戦略の本質的効果, パテント, Vol.69, No. 6, p96-104, 2016
経済産業省, 知財人材スキル標準(version 2.0), 2017
日本知的財産協会 情報検索委員会第2小委員会, 特許,意匠及び商標の公開情報に基づいた知財戦略の分析, 知財管理, Vol.66, No.8, p979, 2016
吉岡(小林)徹・渡部俊也, 登録意匠の価値を表す指標 : 意匠の被引用数についての探索的研究, 日本知財学会誌, Vol.12, No.3, p72-95, 2016
日本知的財産協会 意匠委員会第2小委員会, 意匠から見た知的財産ミックスの研究, 知財管理, Vol.66, No.8, p991, 2016
森永泰史, デザイン重視の製品開発マネジメント, 白桃書房, 2010
森永泰史, 経営学者が書いたデザインマネジメントの教科書, 同文舘出版, 2016
財団法人知的財産研究所, 企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書, 平成22年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書, 2010
内田直樹, デザイナーは発明をもデザインする― 昨今のデザインブームを知財の観点で考察する ―, IP マネジメントレビュー 24 号, 2017
高山秀一, 知財情報検索の現状と今後の可能性, Japio YEAR BOOK 2016, p84-89, 2016
日本知的財産協会 情報検索委員会第3 小委員会, 知的財産権ミックス戦略の分析, 知財管理, Vol.67, No.8, p1216, 2017
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