【潜在競合も意識した】競合分析のための特許情報検索・分析テクニック
マーケット情報など各種ビジネス情報を用いた競合分析を行う方には、ぜひとも特許情報も活用していただきたいと思います。
なぜならば特許情報を活用すると自社で認識している顕在化された競合だけではなく、自社の事業領域・テクノロジードメインへ進出してくるであろう潜在的な競合を特定することができるからです。
本稿では競合分析のための特許情報検索・分析テクニックについて解説していきます。
なお、本記事は技術情報協会「研究開発リーダー 第140号」(2017年11月)に寄稿した論考です。現代は「競合分析のための特許情報検索・分析テクニック」となります。
1.競合分析の必要性・重要性
インターネットが普及し、企業や研究開発組織は多種多少な情報に取り囲まれている。本稿で詳述する特許情報も1つの情報源であり、特に技術的な面だけではなく権利的な面および経営的な面も併せ持つ多面性がある非常に有用な情報である。しかしながら、情報は収集しただけでは価値を生まず、分析し自社・自組織にとって有用なメッセージを導き出すことが重要である。データ分析・情報解析の必要性・重要性については既に様々な書籍や論考1),2)を通じて述べられているので、ここでは特に触れない。これまでにも一般的な競合や市場情報の収集・分析手法について述べた書籍3),4)や、特許情報を用いた競合分析の論考5)-8)も発表されているが、基本的には一般情報を中心にした顕在競合を対象とした分析であり、特許情報の特徴を活かした競合分析について詳述した論考は見当たらない。
そこで本稿では情報分析の中でも、特に特許情報を用いた際の競合分析のアプローチと、その特許情報検索・分析テクニックについて解説していく。特許情報分析一般については拙著9)を、また特許情報に限定しない競合分析手法については他書10),11)を参照されたい。
2.特許情報を基にした競合分析のアプローチ
2.1 顕在競合と潜在競合
競合分析を行う上で、まず“競合”について明確にする必要がある。読者の企業・組織は何らかの製品・サービスを提供しており、その製品・サービス市場において競合他社と競争している。この競合は自社にとって明確に意識されているので顕在競合(Visible Competitors)と呼ぶ。一方、現時点は製品・サービス市場において競争していないが、潜在的に競合となりうる他社を潜在競合(Potential Competitors)と呼ぶ。顕在競合の動向を把握し、自社戦略を立案することは重要であることは当然であるが、潜在競合を予め把握して事前に対策を練っておくことも重要である。図1に競合分析を行う上での必須フレームワークとして5F(ファイブフォース)を示した。顕在競合分析は5Fの中心の「競合他社・業界内の競争」について分析することを意味している。一方、潜在競合は「新規参入の脅威」についての分析に等しい。なお、図1の5Fは2つ並置している。通常の5Fは自社が中心の「業界」において競争しているが、B to B企業の場合には、自社が競争している「業界」だけではなく、「ユーザー(顧客)」の属している「業界」の競争(右側の「競合他社・業界内の競争」)についても念頭において分析する必要がある。なぜならば、B to B企業の素材や部品を購入している顧客業界において、競争環境の大きな変化や代替品の登場、技術的なイノベーションによる業界構造の転換が生じてしまえば、B to B企業の競合のみを分析していても意味がないからである(例:銀塩カメラからデジタルカメラへシフトしたことで銀塩フィルム大手のコダックが破たん、スマートフォンの登場によりパソコン・ノートパソコン市場が縮小、インターネットおよびストリーミング配信技術の進展によりビデオ等のメディアとレンタルビデオビジネスが縮小)。
図1.競合分析を行う上で必須のフレームワーク「5F(ファイブフォース)」
潜在競合の種類は以下の2つに大別される。
-同業種の潜在競合(特に海外から日本市場へ)
-異業種の潜在競合
同業種の潜在競合は、現在の日本市場であれば中国・韓国・台湾メーカーなどが筆頭に挙げられるだろう(IT・ソフトウェア系であればアメリカやインド企業)。異業種の潜在競合については、ヘルシア緑茶の花王の例が挙げられる。花王は化粧品やトイレタリーを扱う化学メーカーであったが2003年に高濃度茶カテキンを含むヘルシア緑茶に参入し、緑茶におけるトクホ市場を切り開きトップブランドに躍り出た(その他には富士フイルムの化粧品、ソニーの銀行・保険、古い例では新日本製鉄の半導体などが挙げられる)。後述するように、特許情報を用いることで、顕在競合だけではなく潜在競合の候補を抽出することも可能である。
2.2 競合分析で明らかにすること
競合分析を通じて明らかにすることは以下の表1の通りであり、競合分析のゴールはSWOT分析の枠組みで考えると良い。
表1.競合分析のゴール
2.3 競合分析に用いる情報源
本稿の目的は特許情報を基にした競合分析の検索・分析テクニックを解説することにあるが、特許情報のみで競合分析が完結できるわけではない。競合分析には大きく技術情報と技術以外の情報が必要である。2.2の競合分析のゴールを踏まえた上で、適宜必要な情報源を選択する。
表2.競合分析に必要とされる主な情報
表2に掲載した情報はほとんどがインターネットで収集できるものであるが、インターネット以外に業界内の人的ネットワークから得られる情報も重要である。最近ではビザスクのような業界に通じた経験者にヒアリングできるスポットコンサルサービスもあるので、適宜利用すると良い。
図2.特許情報プラットフォーム J-PlatPat
特許情報は日本特許庁が提供するJ-PlatPat(図2)や各国特許庁データベースを用いれば、無料で入手可能で、グローバルに書誌フォーマット(INIDコードと呼ぶ)が定められているため、収集・整理が容易である。また、学術文献や専門紙・業界紙などと異なり、特許には全技術分野の情報が収録されている(例えばトヨタ自動車で検索すれば、バイオテクノロジーの出願からエンジン、トランスミッション、非接触充電や無線通信などトヨタ自動車の全技術分野の特許情報を収集することが出来る。一方、学術文献などであればトヨタ自動車の特定分野の文献のみしか収録されていないので、複数の文献ソースにあたる必要がある)。
優れた特徴を有する特許情報ではあるが、特許情報そのものが競合他社の今後の方向性を直接示すわけではない。IRや中期経営計画資料などで発表されている内容と特許情報分析結果を総合して競合他社の今後の方向性および自社にとっての影響を推測する必要がある。また、特許は出願されてから18か月経過後に公開されるため、速報性に欠ける。特に製品ライフサイクルが速い業界・業種においては、特許情報中心に分析してしまうと、競合他社の最新状況を補足できない可能性が高い。最後に最も重要な点であるが、特許出願には費用が発生するため、各社とも研究開発成果のすべてを特許出願しているわけではない。特許出願を行っている時点でR&D費用もかけ、出願費用もかけているので、研究開発・事業として注力していることは間違いないが、特許として公開されていない発明もある点は留意しておく必要がある(より突っ込んで言えば、競合他社の組織における人間ドラマも思い描きながら競合分析を行うと良い12)。組織は経営者や研究者など様々な人から構成されており、各人の思惑が積み重なって組織が構成されている)。
3.特許情報を基にした競合分析を行う上でのテクニック
本章では特許情報を基にした競合分析を行う上で、分析母集団形成や潜在競合抽出方法などの具体的なテクニックについて数点解説する。
3.1 競合分析の分析母集団形成パターン
競合分析時の分析母集団のパターンには以下の3つがある。
a) 競合全体
b) 競合の特定事業・技術分野
c) 競合限定なしで特定事業・技術分野
“競合全体”では、特定競合または競合数社について、企業名義のみで母集団を形成する。分析対象が特定企業全体の事業・技術となる。“競合の特定事業・技術分野”では、競合全体ではなく、競合の特定事業・技術分野に限定して母集団を形成する。母集団検索式を作成する際は、企業名義限定での検索であることからノイズが重畳しにくいので、モレを防ぐために、上位の特許分類や広めのキーワード範囲を設定すると良い。最後の“競合限定なしで特定事業・技術分野”は、特定の競合企業(特に顕在競合)だけではなく、潜在競合も見つけるために企業名義限定ではなく、自社の特定事業・技術分野を網羅するような母集団を形成する。表3に分析母集団パターン別の検索式例を示す(ここで示している競合の特定事業・技術分野および競合限定なしで特定事業・技術分野の検索式はあくまでサンプルであり、実際の検索式はより複雑である)。
表3.母集団形成パターン別の検索式例
3.2 顕在競合分析を行う際の分析母集団形成
特許公報に掲載されている企業名(公開段階では出願人、登録段階では特許権者)は原則として公報発行段階の企業名となっている。そのため、社名変更や吸収・合併などを考慮して顕在競合の分析母集団を形成する必要がある。ナブテスコを例として名義抽出の説明を図3に示す。
1. 分析対象企業ウェブサイトで正式社名を確認(場合によっては有価証券報告書も確認)
-ナブテスコ株式会社
2. 分析対象企業ウェブサイトの沿革で企業名の変遷や吸収合併を確認(場合によっては有価証券報告書も確認)
-株式会社ナブコ
-帝人製機株式会社
-ティーエスコーポレーション株式会社
3. ウィキペディアページも合わせて確認し、分析対象企業ウェブサイト掲載情報に掲載されていない情報があれば補足(ただしウィキペディア掲載情報が正しいか否か裏取りをする)
4. 分析対象企業ウェブサイトやウィキペディアから子会社・関連会社を抽出(子会社・関連会社をどこまで含めるかはケースバイケース)
ナブテスコウェブサイト 沿革
図3.分析母集団形成のための企業名の抽出
なお、GMやネスレのように知財管理会社を通じて出願する企業もあるため、その場合は知財管理会社名について確認する必要がある(GMは以前General Motors名義で出願していたが、現在はGM Global Technology Operations名義で出願、ネスレはNestle名義以外にNestec名義でも出願)。
3.3 潜在競合を抽出方法
潜在競合を抽出するためには、特許の引用・被引用情報を用いるパターンと、潜在競合を補足したい技術を機能で捉え上位概念化した母集団を形成するパターンの2通りがある。
特許は出願・審査請求後、特許庁審査官により先行技術調査が行われ審査される。先行技術調査の過程で見つかった引例が引用情報となる。つまり自社の出願の新規性や進歩性を否定する先行文献である。一方、自社の出願が将来の出願に引用される場合もあり、これを被引用情報と呼ぶ。これらの引用・被引用情報を用いることで顕在競合の確認だけではなく、潜在競合候補の抽出・補足を行うことが出来る。ただし、引用・被引用情報検索はJ-PlatPatなどの無料データベースでは実施できないため、有料データベースを契約する必要がある。以下、ヤマハ発動機の農薬散布用無人ヘリの潜在競合抽出のフローとその事例を示す(データベースはパナソニックのPatentSQUAREを用いた)。
表4.潜在競合抽出フローと事例(ヤマハ発動機の農薬散布用無人ヘリコプター
1. 検索式を作成-S1 ヤマハ発動機の集合形成-S2,S3 農薬散布用無人ヘリ(ドローン)の集合形成
-S4 ヤマハ発動機の農薬散布用無人ヘリの集合
2. S5~S8 形成した集合の引用(2次引用まで)および被引用(2次被引用まで)を検索する
3. S9 2次引用までの母集団をOR演算し、ヤマハ発動機名義の出願をNOT演算する
4. 集合S9の出願人・権利者ランキングを取る
-ランキング上位は顕在競合の可能性が大
-ランキング下位になってくると潜在競合候補が出てくるので、出願内容および企業ウェブサイトなどを確認し、自社にとっての潜在競合となりうるかを確認
本事例では無人ヘリコプターやドローン製品を既に販売している企業が上位にランクインしている。潜在競合を探す場合はランキング下位企業の方を注視すると良い。なお、この引用・被引用情報に基づく母集団形成アプローチは潜在競合の抽出だけではなく、B to B企業の場合は自社技術の販売先や自社との提携先候補を洗い出す方法としても利用できる。
5.おわりに
本稿では競合分析においてどのように特許情報を活用するか、その具体的な検索・分析テクニックおよびその前提となる競合分析の考え方や特許情報の特徴について解説した。特許情報は競合企業の研究開発成果の1つのアウトプットであり、非常に有用な情報源ではあるが、特許情報のみで競合企業の研究開発動向や事業動向を明らかにできるわけでない。他の情報源にはない特許情報の特徴を踏まえながら、総合的に競合他社について分析することが望ましい。
参考文献
1) トーマス・H・ダベンポートほか、分析力を武器とする企業、日経BP社、2008年
2) 河本薫、会社を変える分析の力、講談社、2013年
3) 宮尾大志ほか、外資系コンサルのリサーチ技法、東洋経済新報社、2015年
4) 高辻成彦、アナリストが教えるリサーチの教科書、ダイヤモンド社、2017年
5) 日比幹晴、特許から見る太陽電池用封止膜・バックシートにおける競合企業分析、マテリアルステージ、Vol.9、No.12、p83-94、2010年
6) 日比幹晴、特許を通した車載用リチウムイオン二次電池の正極に関する競合企業分析、マテリアルステージ、Vol.11、No.2、p50-56、2011年
7) 伊藤達哉、特許で見るタッチパネル分野の日米競合分析 : 韓国・台湾勢が日米で存在感を増す、ディスプレイ、Vol.18、No.12、p77-81、2012年
8) 高橋匡ほか、香り・におい市場に革命を起こした日用品ガリバーの戦略と競合企業の戦略を読み解く、情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集2015、2015年
9) 野崎篤志、特許情報分析とパテントマップ作成入門、発明推進協会、2016年
10) Craig S.Fleisherほか、戦略と競争分析―ビジネスの競争分析方法とテクニック、コロナ社、2005年
11) 高橋透、勝ち抜く戦略実践のための 競合分析手法、中央経済社、2015年
12) 冨山和彦・経営共創基盤、IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ、PHP研究所、2012年