特許分析記事において検索式(分析母集団)が開示されない点について
「知財情報を組織の力に🄬」をモットーに活動している知財情報コンサルタントの野崎です。
先日、以下のようなツイートおよびFacebookへ投稿したところ、そこそこいいねをいただくと同時に様々なコメントをいただきました。
勢いあまって「信用できないんですよね」と書いてしまいましたが、「信頼性が落ちてしまう」ぐらいに書いておけば良かったかと少し反省しています。
今後に備えて、noteで「特許分析記事において検索式(分析母集団)が開示されない点」についてしっかりまとめておこうと思い、この記事を投稿しました。
なぜ特許分析の検索式(分析母集団)が重要なのか?
そもそもあるテクノロジーや特定企業について分析する場合、検索式(分析母集団)というものを作成します。
検索式とはどういうものかといえば、別ページで公開している「特許から見たSDGsグローバル企業ランキング」から例示すると
このように特許分類やキーワード等を組み合わせた条件式になります(特定企業のみを検索したい場合は、PA=トヨタ自動車 のような企業名で検索します)。
実はこの検索式が異なれば、ヒットする特許件数が変化し、ひいてはトレンド自体が変わってしまうのです。そのため、新聞記事でもネット記事、論文・論考等であっても、どういう検索式を設定したのかを開示することは非常に重要だと考えています。
ちなみに
の検索式では1,343,884件ヒットしますが、検索式の後半 OR SC=(G16Y10/05 OR Y02A40/10* OR Y02P60/20*) OR (SC=G06Q50/02* AND TAC=(AGRICULTUR*)) を除いて
で検索すると1,304,561件になります。130万件強に対する4万件ほどの違いで、全体の数%かもしれませんが、企業・大学・研究機関等のランキングを取るとこの4万件で大きな差異が生まれてしまったりします。
仮に「アンケート調査の結果、岸田首相の支持率75%」という記事があり、何人に対してアンケートを取ったのか開示されていない場合、みなさまはそのアンケート結果を信じますか?参考にすることはあっても、確たるエビデンスとして使うのは躊躇するのではないでしょうか。
75%が支持とすると、100名に聞いて75名が支持と答えたかもしれませんし、4名に聞いて3名が支持かもしれません。ちゃんとしたアンケートを取っていればもっと母数が大きいかもしれません。
検索式(分析母集団)というのはアンケート調査における母集団と同じです。よって私は特許分析に関する記事の場合、検索式の開示が非常に重要だと考えています。
検索式を開示して意味があるのか?
特許調査・分析業務に従事している人ならいざ知らず、知財と縁遠い人は検索式を見ても分からないから開示する意味がないのでは?と思うかもしれません。
確かに開示された検索式が妥当か否かを評価できるのは、特許調査・分析業務に従事している一部の人だと思います。
しかし、その一部の人であっても検索式・分析母集団の妥当性が評価できることでその記事や論考等の内容が適切か批評できる機会が生まれます。
私自身、過去に日本経済新聞に掲載された脱炭素関連特許の記事に違和感を感じたので以下のnoteに発表したことがあります。
このように、専門家同士での確認・批評という機会が生まれる可能性があるので、検索式なんてほとんどの人が分からないんだから開示しなくても良いだろう、というのは違うと考えます。
ちなみに私はどのように開示しているか?
ちなみに「検索式は開示すべし」と言っていながら、私自身しっかりやっていなければ説得力がないので、私がどのように開示しているのか、また開示できなかったのはどんな時なのかについて述べていきます。
まず検索式(分析母集団)を開示している方ですが、典型的なものは論文・論考で以下のように開示しています。
です。このnoteなどでも各種記事において検索式を開示していますが、以下の投稿ですと
特許検索データべースPatbaseの検索ログイメージを貼り付けています。
逆に、検索式(分析母集団)について掲載できなかったものもあります。直近でいえば特許庁の広報誌「とっきょ」2020年3月9日発行号に掲載していただいた「ゲームと先端技術の融合領域から見える、新たな可能性」
です。
他には随分昔になりますが週刊東洋経済2012年2月25日号の「鉄道再起動」に掲載いただいたグローバル鉄道関連出願データの分析条件は明示されていません(実はIPCのB61だけというしごく単純な条件なんですが)。
これまで検索式(分析母集団)を開示していないのは、紙面等に制約のある新聞・雑誌となります。
オウンドメディアであれば特に紙面の制約はありませんし、論文・論考についても文字数の制約はありますが、その制約内で検索式をしっかりと記載すれば良いと考えます。
なぜ検索式を開示しないのか?
それでは、なぜ検索式を開示しないのか?どうすれば良いのか?という点について最後に私個人の見解をまとめておこうと思います。
ここで言っているのはあくまでも新聞・雑誌・ウェブサイト・SNS等のメディア上での発表時における検索式開示になります。
ちなみに、検索式開示については、個別調査・分析プロジェクトにおいて開示するか否かという論点もありますが、これは最後に軽く触れたいともいます。
さて、検索式を開示しない理由ですが、上述の新聞・雑誌における紙面上の制約を除いて、大きくは
検索式はノウハウ
大した検索式ではない
何かしら恣意的な結論を導くための検索式にしている
の3つのいずれかではないかと思います。
1つ目の「検索式はノウハウ」ですが、確かにしっかりとした検索式(分析母集団)を形成するためには経験が必要なので、ノウハウ的な側面もあるので、検索式は開示したくない。
しかし、特定クライアント向けの分析プロジェクトであればいざ知らず、多数の方が見るであろう新聞・雑誌・ウェブサイト・SNS等のメディア上の記事であれば、取り上げるテーマ自体もそれほど秘匿性の高いものではないので、高い経験値が必要とされノウハウだと言われるレベルの検索式が必要かというとそうではないかと思います(あくまで私個人の感想ですが)。
検索式を非開示にすることで、むしろ個別にクライアントからのコンタクトを引き出す、営業・マーケティング的な材料と考えているのかもしれませんが。
次に2つ目は「大した検索式ではない」です。
プロフェッショナルであれば、キーワードや特許分類を駆使して微に入り細を穿つような検索式(分析母集団)を形成するのではないかと期待されるかもしれませんが、上述した私が東洋経済に提供した鉄道関連データはIPCでB61だけというごくごくシンプルな検索式です(とはいえ掲載してもらえませんでしたが)。
あまりにも簡単すぎると「こんな簡単な検索式だと。。。。」と躊躇されることもあるのではないかと思います。
最後、3つ目「何かしら恣意的な結論を導くための検索式にしている」が一番たちが悪いです。これはどちらかというと積極的に非開示にしている可能性があります。
新聞や雑誌の場合(テレビなどもその傾向があります)、ある特定のメッセージや落としどころを決めた上で各種情報を集める傾向が強いです。
仮説思考とは異なって、途中で仮説を否定するような情報が出てきても当初の仮説のまま突っ走ってしまうことも間々あります(これを確証バイアスといいますが、分析担当者が最も注意すべきポイントです)。
仮に新聞・雑誌記者などの要望(こういうストーリーにしたい)を受けて、特許情報を分析する際に検索式(分析母集団)を恣意的に形成することはできないことではありません。ただ、他のプロフェッショナルから見ればそういう小細工はすぐに見破られますので、あえて開示しないというオプションが可能性としては十分にあります。
補足:個別調査・分析プロジェクトにおける検索式の開示
個別の特許調査・分析プロジェクトにおける検索式の開示について補足します。
まず、私は上述の通り、基本的に検索式はすべて開示すべきと考えています。
実際にご依頼・発注をいただいたプロジェクトであれば、報告時にどのような検索式を用いたのかを開示するのは必須です。この段階でも検索式を開示しない調査会社・分析会社がいたら、今後取引はやめた方が良いと思います。
次に難しいのが見積・提案時における検索式の開示です。
残念ながらしっかりとした相見積もりを行う企業(私のような立場から見ればクライアント)であれば良いのですが、単に検索式等を含めた提案情報を引き出すような残念な企業もごく稀に存在します。
後者のような企業の場合は、見積・提案段階で検索式を提示するのではなく、どのようなキーワード・特許分類を用いるのか、また何件ぐらい読み込むのか等を提示して、正式なご依頼・発注があった後に検索式を提示するという方法があろうかと思います。
さいごに
検索式(分析母集団)を開示するか否かというのは、特許分析に関する記事だけにとどまる話ではなく、データに基づいて(データドリブン・データ駆動型)議論を行うための重要な土台だと考えています。
ややもすると、お涙ちょうだい的なストーリー(判官贔屓とか)に流されやすいですが、読んでいる記事がどういう前提に基づいて構成されているのか常に意識することが重要だと考えています。
それは記事を読む側にとってのデータリテラシーの向上であり、かつ記事および分析結果を提供する側のデータリテラシーも向上も必要です。
少なくとも特許情報をより積極的に活用していただくための第一歩として、記事および分析結果を提供する側には可能な限り検索式(分析母集団)を開示していただくことを切に望みます。