のびのびとしりぬぐい
のびのびと尻拭いをすればいい。
ここ最近,年が明けてから,どうも健やかではない。
休日らしい休日もなく,仕事が生活を侵食しているような,うまく切り替えができていない。仕事を自分でコントロールできていないのだ。
誰かの思いつきの発言や,誰かの不安に起因する仕事が多い。
あるいは,尻拭い。
一つ二つならどうってことないけれど,チリも積もって山となっている。
山になってしまっては,噴火か地震でもない限り,崩壊しない。山体崩壊するほどの変化なんて,そうそう起きない。期待できない。どんとそこにそびえる山は,圧巻ですらある。
のびのびと仕事することと,尻拭いをすること。
この二つは両立しないと思っていた。のびのびと仕事をしたくても,尻拭いがあったら,調整に追われて,のびのびとなんてしていられない,って。
そんなとき,のびのびと尻拭いすればいいじゃん,って言われたのだ。
のびのびと,尻拭い。
そんな発想はなかった。
尻拭いにすごくネガティブな印象を持っていて,できればやりたくないことで,そんなことよりも・・・って思っていた。だからこそ,のびのびと尻拭いをするだなんて発想にはならなかった。
そうか,尻拭いすらも,のびのびとしたっていいのだ。
一般的にネガティブなことは,ネガティブに見せなきゃいけない気がしていた。一般的に苦しいと思うことを,楽しそうにしているのはよくないような気がしていた。苦しく,それ相応に振る舞わなきゃいけないような。誰に言われるでもなく,自分の中にそうプログラムされていたのだ。
自分がのびのびとしていたいなら,のびのびとしていればいいのだ。
わざわざ一緒に苦しむ必要はない。一緒に不安になる必要はない。
といっても,寄り添うときは寄り添うし,傾聴が必要なときは傾聴する。相手と場合による。その場合わけを意識できるようになる必要がある。
寄り添えるのは,私の良さでもあるのだ。
この仕事において,強みなのだ。
だけど,私は私の時間を過ごせばいい。
そう思えたとき,なんだか少し頑張れそうな気がした。
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