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死産・不妊治療|私は意味をつけながら、我が子を思って生きている。
阪神淡路大震災の日、
死産後二回目の生理、
不妊治療を再開する。
死生観と、大切なものと。
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死産後、およそ2か月半、2回目の生理が来た。
阪神淡路大震災から30年のその日、気になっていた芸能を見に出かけていた。震災に合わせた企画になっていて、大学教授による霊性論の講演もあった。死生観を揺さぶられた死産の経験を心に抱きながら、震災で人を亡くすことについて向き合った。
私は霊を見たことはないし、感じたこともないし、信じているわけでもないけれど、人を亡くす経験に共鳴する話も合った。「死者を思って涙するのは、その人の心の波ではなく、死者がそばにいるからである」という言葉は、印象に残っている。
私は我が子を産んだ日の翌朝、我が子と虹を見た。その後、クリスマスにも虹が出ていたという。そして、仕事復帰の日にも虹が出ていた。そうして少しずつ、虹は我が子と私を繋げてくれる大事な現象となった。クリスマスには会いに来てくれたのかなって思うし、仕事復帰を見守ってくれていたのかな、エールを送ってくれていたのかなって思う。
これが弔いなんだと思うし、生きていくっていうことなんだと思う。
そのあとに病院に行って、不妊治療を再開した。
凍結している胚盤胞があるため、移植に向けて動く。移植予定日は仕事を休むことにしている時期だった。復帰後、無理のないようにと管理職が休めるように配慮してくれた時期の終わりが移植日になる。仕事を気にすることなく、自分の身体に向き合える時間が持てるのは嬉しい。
そして、次の移植で妊娠したら、予定日は死産をした頃になる。
「戻ってくる」という表現は好きではない。
我が子は戻ってこない。我が子は他でもない一人の子であって、次に産まれてくる子供と同じではない。だけど、同じ時期に産まれることになったら、嬉しいとは思う。我が家の第二子に、第一子を亡くした気持ちを託すつもりはないけれど、それでも我が子に見守ってもらえるような気がするし、一緒に成長できるような気がする。
人生に意味はない。
だから、私たちは意味をつけようとする。
死産からおよそ二か月半、普通に生活をしている。何事もなく生きている自分は非情なんじゃないか、自分の中に我が子を思う気持ちがなくなっているのではないか、と気がかりだった。だけど、私は意味をつけながら、我が子を思って生きている、と今は言える。
会えないってわかっているけど、我が子に会いたい。