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アメカジという先入観

先入観という言葉はあまり良い意味では使われない。
生きていれば情報は嫌でも積み重なっていき固定観念になっていく。
ただそんな固定観念は自分自身で読み解いてやると意外と面白いものでもあります。
悪い言葉で言えば濁ってしまった自分の考えを一つひとつ分解してやることで、またゼロから組み立て直すことができるからだ。
そうすることで今までになかった発想が生まれたりもする。

あまり重々しく考えないで、身近な事から取り組んでみる。そして、今から入ってくる情報を鵜呑みにせず、一度精査してから取り込む習慣をつけていくことも合わせて必要だ。

つまらない話しだが、我々の業界でも「アメカジ」という言葉が厄介だなといつも感じる。
今でも一般に使われる言葉だし、アメリカンカジュアルというものはアメリカものに限らず、ワーク、スポーツ、ミリタリーなどのアイテムを着こなすファッションを指す総称だと思っている。

まだカジュアルとしてのファッションが定着していなかった頃に生まれた言葉で、我々の世代(50歳前後)は特にだが80年代のMA-1にはじまり、ネルシャツやブーツ、着崩したジーンズスタイルのイメージが色濃くある。

フランスのカットソーも、モールスキンジャケットも、イギリスのニットだって言わばアメカジ。今の時代のどこも見渡してもほとんどがアメカジ。
それが時代と共に細分化していき、その表現がどこかしっくりこなくなってしまっただけだ。
どんな洋服を作っているいる人だって根底にはアメカジがあるといっても過言ではない。

今、アメカジといえばおじさんの”あのデニムスタイル”を指すような言葉になったと感じるのはわたしだけでしょうか。
でもわたし自身もアメカジが全ての根底にあると思っているのでこの状況が自分で自分が歯がゆいのだ。

前述したアイテムたちも、その時代時代で着こなしやサイズ感が変わることで今でも愛され続けているものばかり。
おじさんアメカジをもっと研ぎ澄まされたものに変えていくことも我々の仕事なのでしょう。

今回、定番シリーズからキナリと黒のパンツがリリースされました。
色の表現も難しく、「白」と聞けば汚れるとか、爽やかとか・・。
黒と聞くと保守的だったり気取った感じと捉えられがちである。
当たり前だが白も黒も1つじゃない。
トーンが変わればイメージは全くの別物になる。

例えばトートバッグ、みなさんが普通に頭に浮かべるあのトートバッグ。
定番の代名詞かのようなあのバッグも元はキナリ1色から始まった。その歴史と用途からしても素材のキャンバスは汗や泥にまみれてくすんでいくのが必然。
その何とも味気なく映るその姿にこそ魅力を感じるし、これぞ「いぶし銀」を感じる。
しかし、新しくまっさらなキナリのバッグをつくってもどこか敬遠される、「汚れが目立つかな…」と。
それが洋服になれば尚更、エクリュもアイボリーも、ナチュラルもキナリも「白」と表現されてしまうことが多い。
これらの色って白のように綺麗なものでなく、どちらかと言えばもっと土臭いもの。
そして、少しの汚れだってデニムのように味となる。

昨今のビンテージTシャツブームで褪せた黒は認知されたようだ。
白系のパンツもここ最近は流れとしてあるけど、まだまだキナリの奥深さは浸透していない。
キナリは特に素材感(質)あってのもの。
もっともっとアメカジを知るべきなのかもしれない。

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