乗り合わせ生きる者たちの旅 『ある船頭の話』
はじめに 切り立った岸辺の岩に座り小屋を構え、人を、物を、命を、死を、岸から岸へ渡す者がいる。カメラが彼の正面を映したのち、わたしたちは数分のあいだ彼が船に水をかけ磨く作業にしばし目を凝らしてみるのだが、彼が口を開きこちらへ親切に何かを語ることはない。だから、柄本明演じるこの者の名が「トイチ」であると知るには、壮麗な川と木々を映す映像と、遠く響く金属の衝突音やトイチを呼ぶ声にその場を譲り渡す控えめな音楽を用意するこの映画のなかで、どうやらその呼び声を、彼と共に「待つ」必要