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【音楽と街】じゅんちゃん


学生の頃、仲の良い後輩がいた。
演劇サークルのふたつ下の男の子で、
あだ名が「じゅんちゃん」だった。

じゅんちゃんは千鳥のノブにちょっとだけ顔が似てて、でもツッコミよりはボケたがる子で、シュールで馬鹿馬鹿しいことを言っては、いつもみんなを笑わせていた。

シュールで静かなボケを繰り出す彼は、
一見、穏やか・冷静沈着・飄々。
そんな印象があったが、実はとても熱い男で、先輩に自らアドバイスを求めては素直に吸収し、稽古ですぐに実践しようとする姿を見せたり、裏では舞台や映画をたくさん観たり、本を読んで勉強したりして、日々演技を磨く努力をしていた。

独特の雰囲気がありながら、ひたむきな一面を持つじゅんちゃんを僕は気に入り、後輩の中でも特に可愛がってよくご飯にも連れていった。

彼が途中から大学の近くで一人暮らしを始めた時は、しょっちゅう家に泊まりに行き、夜通しくだらない話をしたり、演劇について熱く語ったりした。


僕もしょうもないことを言って人を笑わせる(笑われる?)のが好きで、よく彼にも「何言ってんすか、ほんまに」と呆れツッコミをされたりしては、喜んでいた。

また、僕は他の同期と比べて、団体を引っ張っていくタイプではなかったし、裏方の仕事でもミスが多かったし、遅刻もよくしたし、いわゆるカリスマ性のある先輩ではなかった。

それに、性格的にあまり上下関係をはっきりさせるのも好きではなかったので、後輩に対しても友達のように接していた部分があった。


まあそんな感じの先輩だったので、じゅんちゃんも僕にはかなりフランクで、イジってきたり軽口を叩くことも段々増えてきた。もちろん僕はそれが嬉しかった。


数年後、僕が大学を卒業して少しした頃。
久々に彼に連絡をして、ご飯に行くことになった。
場所は大阪の梅田にある焼肉屋。
彼が「肉が食いたいっす」と言ったので、僕が店を探して予約をした。

久しぶりのじゅんちゃん。
短かった髪がロン毛になっており、顎ひげが少し生えていた。いかにも「演劇人」な風貌だ。

開口一番の「お久しぶりです」という挨拶はどこかスカしていたし、見た目もちょっとおじさんっぽくなった。

なんというか、ユニークさの中に純朴さがあった雰囲気から、「純朴さ」が消えていた感じがした。

演劇人気取りかもしらんが、
これじゃ、ただのユニークなおじさん。。

とは思ったものの、彼も今では最上級生。
後輩もでき、演技指導をしたり、演出家を担当することもあるという。

それにまだ大学生なんだし、そういう「痛さ」があったっていいじゃないか。
というか、僕もそんな時期があったような……。


とりあえず彼と店に入り、席につく。
注文を待っている間に、僕が当時吸っていたセブンスターの箱を取り出すと、
「僕の吸ってくださいよ」と言って、彼はポケットから何やら缶を出してきた。

それは小洒落たシガレットケースで、蓋を開けると僕の見たことのない銘柄の煙草が入っていた。

「なにこれ?」
「ゴロワーズです。ルパンが吸ってるやつです」

なんじゃそりゃ!渋!
どうやらルパン3世が作中で吸っているという、外国製の煙草だとか。

※のちに調べると、ルパンの愛飲する煙草はジタン・カポラルで、ゴロワーズは一度だけ吸ってる回があったみたいです。定かではありませんが。

スモーカーになっただけではなく、珍しい煙草まで吸っちゃってさ。ずいぶん「それっぽく」なっちゃったなぁ……。

なんてことを思いつつ、僕はゴロワーズを一本もらって火をつけると、それは鰹出汁の味がした。冗談ではなく本当に。

口に広がる出汁の味に顔をしかめる僕の前で、美味そうに煙草を吸うロン毛のじゅんちゃん。
彼のどこかカッコつけたその仕草を見ていると、なんだか僕は月日の流れをしみじみ感じてしまった。


あの頃のように演劇について語ったりしながらあっという間に時間は過ぎ、そろそろお開きという頃。

「これ、もらってってください。僕あんまり使わないんで」

そう言って彼が渡してきたのは、ゴツめのモバイルバッテリーだった。

実は、その時僕はインドに一人で旅をしに行くという計画を立てており、じゅんちゃんと会ったのはその直前だった。
これからインドに行くという僕に、餞別としてモバイルバッテリーを持ってきてくれたのだ。

僕は旅に持っていくモバイルバッテリーを持っておらず、その日の帰り道にヨドバシカメラで薄型の安いものでも買おうと考えていたところだったので、めちゃくちゃ有り難かった。
しかし、餞別にバッテリーとはなんとも珍しい。

「すげー!なんで僕がほしいものわかったの?」
「いや、なんとなく。それちょっと重いけど、バッテリーの持ちがいいんで、その辺の薄くて安いやつよりいいと思います」
「ええ、そんなことまで見抜いてる…」
「なんの話ですか?」

じゅんちゃんは家を出る前に、部屋の中でたまたま見つけたモバイルバッテリーを「先輩にあげよう」と思って持ってきた、らしかった。

その「たまたま」が僕がちょうど欲しかったもの+α(安くて薄いものよりいいやつ)だったというのだから驚いたが、じゅんちゃんの変わらない優しさと独特な発想に、心が和んだのであった。


レジに向かうと、元々僕が奢るつもりではあったが、彼は何も言わずに僕を追い抜いて、当然のように先に外に出て行った。

財布出す素振りくらい見せたら……なんて思ったが、まあそれはいちいち言うことではない。
それにもちろん「ご馳走様でした」と言ってくれたし、バッテリーももらっちゃったし。

帰り道を並んで歩いていると、不意にじゅんちゃんが

「先輩って、先輩たちの中で一番威厳がなかったけど、一番親しみやすくてよかったです。仲良くしてくれて嬉しかったっす!」

と、言ってきた。

威厳がなかったってお前、もうちょっと言葉選べよ!財布も出さない上に、なんだその言い草!!

とズッコケそうになったが、でも、それが僕の先輩としての良さだったのかもなぁ、とふと思う。

僕が奢るのは分かりきってたんだから、別に財布なんかわざわざ出さなくていい。

そんなこと一瞬でも気にしちゃう僕の方がおじさんじゃないか。

そう、僕は威厳がなくて、友達のような先輩。
じゅんちゃんや他の後輩たちにとって、そんな存在でいられたことが何よりだ。

そして、ゴロワーズを吸おうがロン毛になろうがカッコつけて演劇人ぶっていようが、いつまでもじゅんちゃんは僕の可愛い後輩だ。

そんなことを気付かせてくれた、いい一日だった。



僕はほとんど知らないのだが、じゅんちゃんは「ジョジョの奇妙な冒険」が大好きで、いつだったか、アニメの主題歌であるYESの『Roundabout』という曲を教えてくれたことがあった。

最近では、動画の最後に「To be continued...」と付けて終わる、という一種のネットミームでこの曲が使われているみたい。

結局ジョジョは全然見てないのだが、僕はその曲をえらく気に入って、一時期よく聞いていたものだった。

先日、Spotifyが自動作成したおすすめのプレイリストを聞いていると、不意に『Roundabout』が流れてきた。

イントロが流れた瞬間に思い出したのは、やっぱりじゅんちゃんの顔と、あの日のことだった。

そしてふと思った。
あ、そうだ、彼のことを書いてみようかな。
そうして、僕はこの文章を書き始めるに至る。

じゅんちゃん、今はどうしてるかな〜
久々に連絡してみよう。


ちなみに、彼がくれたモバイルバッテリーはいまだに僕の手元にあり、そして今も現役だ。


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