システムとして卓球を考える3:戸上隼輔に足りないのは本当に「引き出し」なのか
オリンピックが終わった。
結果として女子は団体銀、シングルスで早田が銅とメダルを2つ獲得したのに対し、男子は団体4位、シングルスで張本がベスト8と、メダル無しに終わった。
はじめに強調しておく、日本の男子卓球が弱くなったわけではない。
張本は精神的にも肉体的にも技術的にも東京より良いプレーをしていたし、戸上も初出場ながら堂々のプレーを繰り広げた。何より世界ランキング10番台の選手にこの3年でなって見せた。篠塚も主にダブルスで活躍し、特にスウェーデン戦のカールソン・シェルベリペアに勝ったのは大きかった。全員とても頑張っていたのだ(なんで上から目線やねんという話だが)
卓球ファンはよく分かっていると思うが、今回の結果は日本男子が弱くなったというより、世界のレベルが上がったのが原因だ。特にフランスやスウェーデンの活躍は目覚ましく、ドイツや韓国をおしのけ、一気に強豪国に成り上がった。日本はメダルこそ逃したもののベスト4には残っており(3位決定戦のない世界卓球ならメダルを獲得していた)、入れ替わる勢力図の中で、ギリギリ踏み止まった。
ところで、今回出場していた選手ではないが、主にメディアやSNSで暴れ散らかしていた人がいた。そう、レジェンド・水谷隼である。
これはただの誹謗中傷だが、彼はマジで性格が悪い。この令和のご時世に張本勲名物の「喝!!」を引き継ぐなら彼しかいない。水谷なら自分が1ミリも知らない競技でも「喝!!」を飛ばせる。それくらいの逸材だ。性格悪い選手権でも、彼はレジェンドに上り詰めるのではなかろうか。
そんな水谷が特に熱く叱咤激励を飛ばしている選手が、明治大学の後輩でもある戸上である。
以前水谷はテレビ番組に出場した際、「戸上の試合を見ていて深いなと思ったことが一度もない」と戸上の試合運びを厳しく批判している。
また、2023年に水谷が同番組に出演した際、戸上の弱点として
①レシーブなど、ラリーの早い段階でのミスが多い
②ミスをしても次、次と、悪い意味でポジティブに切り替えてしまって、似たようなミスを繰り返してしまう
③攻守のバランスが悪く、守備で点が取れない
④点を取ろうとしすぎて、相手にミスらせようとしていない
⑤競り合いになったときに、点が取れなくなる
こういった部分があるとし、もっと守備でも点が取れるようになる必要があると指摘した。端的ににいうと戸上の戦術的な「引き出し」の少なさ、対応力の欠如を批判している。
(2023年3月の動画。ちなみにこの時も、オリンピック団体で敗れたカールソンが対戦相手である。)
それではパリ五輪の戸上は、戦術面での対応力はどのように変わったのだろうか。
ここから先は見せる動画がなくて申し訳ないが、戸上の対応力は、かなり良くなっていたように思う。戸上の対応力が現れたのは3位決定戦でのアレクシス・ルブラン戦だ。
A・ルブランは、フランスの若手選手であり、シェークバンドの選手の中でもトリッキーなプレーが得意だ。彼と戦うときには、彼の独特のプレーにハマらないことが何より重要になる。
今回戸上はA・ルブランのトリッキーなプレーによく対応できていたと思う。2ゲーム取った後1ゲーム取り返された時は嫌な流れだったが、相手のボールを粘り強く拾い、ミスを誘っていた。水谷が批判していた守備面での脆さを感じさせない、丁寧なプレーでA・ルブランを封じた。
戸上とA・ルブランの一戦は、戸上の技術的・戦術的な対応力の向上を存分に感じされるものだった。だがしかし、戸上のシングルスの結果はベスト16であり(確か戸上は12シードだったので、ベスト16はシード通りの結果といえる)、ベスト4にはあと2勝、メダルにはあと3勝足りなかった。シングルスが終わった後、戸上はブロックを課題に挙げていた。守備力を上げ、試合の中での対応力をさらに上げていくつもりなのだろう。
とはいえ、離れたところから観戦していた、無責任な立場のいち観戦勢からすると、戸上に必要なのは、「対応力」以外にもあるのではないかと思う。それは「得意な展開をもっと押し付ける力」だ。
以前私は「システムとして卓球を考える」で、卓球の戦い方(情報処理のプロセス)を、機械的システムと有機的システムに分類した。細かい話は該当記事を読んで欲しいが、大まかに説明すると機械的システムは得意な展開の押し付けを重視するスタイル、有機的システムは相手への適応を重視するスタイルだ。この分類で考えると、明らかに戸上は前者、水谷は後者に当てはまる。
水谷が戸上に対応力の欠如を指摘するのは理解できる。それは水谷自身が、相手への適応を重視してきたプレーヤーであり、対応力の高さで勝ち上がってきたプレーヤーだからである。加えて水谷は相手の様子を観察しながら戦う上で必要になる、サーブの種類や台上の上手さ、守備的なラリーの上手さといった技術的要素のレベルが高かった。だからこそ戸上の対応力の低さが気になるのだろう。
とはいえ、それはあくまで水谷目線での話である。戸上のストロングポイントは明確に攻撃面、パワーにある。対応力も勿論大事だが、相手に対応を強いる能力はそれ以上に大事、というか勝敗に直結するのではないか。
パリ五輪を見ていると、相手への対応よりも相手への押し付けを重視して、結果を出した選手がいた。それがフランスのフェリックス・ルブランだ。
F・ルブランの戦い方は単純明快だ。ロングサーブからの両ハンド、短いサーブから3球目、ツッツキからカウンター、ストップから両ハンド、チキータから両ハンド。基本これだけだ。バック半面をフォアで回り込むこともフォア半面をバックで回り込むこともあまりなく、フォアにきたボールはフォアで、バックにきたボールはバックで打つ。サーブの種類もそれほど多いわけでなく、読まれていようがいまいが関係なく、テンポ良くサーブを出していく。
F・ルブランの特徴として、サーブ時でもレシーブ時でも間髪入れずにプレーすることが挙げられる。意味わからんくらい早い。
解説の宮崎さんは、そんなルブランを「頭の回転が早い選手」と評したが、僕は「選択肢が少ないから判断の早い」選手だと思っている。選択肢が少ないのは悪いことではない。選択肢が少ないからこそ、判断も早くなるし、質も高まる、そして何よりプレーに迷いがなくなる。F・ルブランは、選択肢が少ないからこそ、競った時にも割り切ったプレーが出来ているように見える。
またF・ルブランは、相手に対応を強いる技術的要素がある。それがロングサーブとツッツキだ。F・ルブランのロングサーブやツッツキは、とにかく低くて鋭いのが特徴だ。そもそも返すのが難しいし、ロングサーブやツッツキを持ち上げて返球すると、カウンターでめちゃくちゃにしばかれる。かといってリスクを取って回り込んで返球しても、ブロックが上手いので簡単には得点に繋がらず、結局両ハンドで上からしばかれてしまう。彼のサーブ展開・レシーブ展開は理不尽の極みであり、これこそが「押し付け」の卓球の強さである。
F・ルブランと戸上を比較すると、明らかに異なるのがロングサーブの質だ。戸上のロングサーブは相手によっては痛打されるし、戸上の場合ロングサーブを打たれると、ショートサーブ一辺倒になりがちだ。それに対してF・ルブランはロングサーブの質も高いし、痛打されても構わずにロングサーブを出していく。ある意味で相手を見ていない。しかしながらそれは、「ロングサーブに良いレシーブをしたからといって、ロングサーブを封じられるわけではない」ことを意味し、相手のサーブを読むメリットを減らすことにもなる。その結果、相手は常にロングサーブを警戒し続けることになるのだ。
F・ルブランがどこまで意識的に考えているかは分からないが、そういう良い意味で「相手を見ていない」プレーは戸上も十分に採用の余地があるのではないか。戸上が敗れたチャン・ウジンやカールソンは、ロングサーブに対してリスクをつけるのが上手い選手だ。ただし、ロングサーブを強打されても出し続けることで、相手はロングサーブを警戒する必要が出てくる。さらに言えばチャン・ウジンやカールソン、さらには中国選手にも強気に出せるような、ロングサーブの種類・コース・回転量があれば、もっと優位にラリーを展開できるはずだ。あれだけパワーのある選手なのだから、もっとそのパワーを理不尽に押し付けていけば良いのにと、外野にいるいち観戦勢は思ってしまう。