システムとして卓球を考える2:異質ラバーは「考える」
ラケット、ラバー、ウェア、シューズ… 卓球には様々な用具が存在する。特にラバーは卓球用具市場の花形とも言える存在で、毎年各メーカーから新商品が出されている。ラバーの種類には裏ソフト、表ソフト、粒高などがあり、一部のニッチなメーカーを除き、卓球メーカーは裏ソフトだけでなく、表ソフトや粒高も製造・販売している。
が、しかし。特に男子卓球では、フォアにもバックにも裏ソフトを貼る「裏裏」が完全にスタンダードになっている。しかもレベルが上がれば上がるほど裏裏の割合が増える。インターハイや全日学、全日本といったトップ層のみが出場できる試合に、表ソフトや粒高ソフトを貼っている「異質プレイヤー」が出場するだけで、卓球愛好家の一部から注目が集まるほどだ。
僕も「異質プレイヤー」なのだが(全国レベルではない)、実際異質はかなり苦しい。試合で出来る技術の選択肢はどうあがいても裏に勝てないし、入れ合いになった時は確率論的に考えて、裏には不利を取る。「回転をかけること」が圧倒的に是である現代卓球においては、能動的に回転をかけづらい異質ラバーは、苦しい立ち回りを強いられがちだ。女子の場合は異質プレイヤーはまだまだ多いが、男子の場合、異質独特の球質で相手を崩したとしても、フィジカルで盛り返されてしまうのだ。
そのため、全国レベルでやっていける異質プレイヤーは、異常なほどボールタッチが良いか、異常なほどフィジカルを鍛えているか、練習狂いのどちらか、もしくはその要素を全部持っているバケモノくらいである。
現代卓球の情勢を考えると苦しい異質プレイヤーだが、実際に試合に出てみると異質プレイヤーを見かける場面は多い。しかも比較的異質が勝ちやすいとされる初中級者層だけでなく、上級者層でも度々異質プレイヤーを見かける。特に社会人層になると一定の割合で異質プレイヤーは存在する。
社会人層に異質プレイヤーが多い理由の1つには、「昔異質を貼っていて、今更裏裏ではプレー出来ない」というネガティブなものが考えられる。それでは、今日において異質プレイヤーは「時代の変化に対応出来ない残念な存在」なのだろうか?そもそも異質プレイヤーはなぜ異質ラバーを貼っているのだろうか?
話は変わるが、僕も異質ラバーを貼っている。しかも変化表という異質のなかでもマニアックなラバーだ。試合前のラケット交換の際に「変化表を貼ってます」といっても「変化表って何ですか?」って返されることもある(大体そんな時は密かに傷ついている)。
変化表ユーザーとして変化表の性能を説明するが、100人卓球好きを集めて変化表を打たせたら、95人は「やってられん」とすぐ脱落するだろう。とにかくボールがコートに入らない。満足に打てるようになるまでに、ある程度の習熟度が必要であり「使いやすい」の対極を行くラバーである。しかも、変化表で出来る技術はぶっちゃけ裏でも表でも出来るし、その方がコートに入りやすい。長年変化表を貼っている僕ですらコートに入れるだけなら裏の方が出来る。
じゃあなんで、そんなじゃじゃ馬ラバーを使っているのか?これについて色々考えたが、「変化表じゃないとバカになっちゃうから」というのが僕の答えである。
変化表は独特の球質を出せるのが最大の強みだ。表だと思って打つと失速系のナックルが辛いし、粒やアンチだと思って打つと不意に来る早いボールに足が出ない。そして変化表独特の球質は相手の返球のコースや球質を縛る能力が非常に高い。相手の返球が単調になりがちなので、コース一点読みのカウンターや強打も通しやすくなる。変化表を貼る最大のメリットは相手に色んな球質への対処を押し付けつつ、自分はシンプルに戦えることなのだ。
また粒やアンチといった変化重視のラバーと違い、変化表は作ったチャンスを変化表自身で決めることができる。それ故に「バックの異質でチャンスを作り、フォアで決める」という異質のテンプレみたいな戦術以外でも、割と自由に戦える。粒やアンチ、表にはない戦術の引き出しが変化表にはあるのだ。基本はシンプルに戦いつつ、困った時に変なことをして相手を撹乱することも、変化表ならやりやすい。
僕はちょくちょく試合に出ているのだが、戦術を考えたり、ゲームメイクする際に、その思考の一部を変化表に委ねている。僕だけが戦術を考えているわけではないし、認知・判断しているわけではない。僕の考える能力というのはラケットやラバー、ベンチコーチ、それら諸々に分散している。そしてその中でも多くの割合を変化表に委ねている。少し大げさに言えば、変化表は僕と一緒に試合運びを考えてくれるのだ。
事実、相手の対策や台の弾み、その日の気温のせいで変化表を上手く使えなくなると、僕の卓球IQは一気に下がってしまう。ナビ頼りで運転してきた人間が、いきなりナビ無しで運転したときのように、試合運びが拙くなってしまう。文字通り「バカになってしまう」のだ。
まとめ
異質ラバーは技術的優位性の観点で見ると厳しい部分もあるが、戦術的優位性の観点で見ると独特の魅力があり、「一緒に試合運びを考えてくれる」という利点がある。もちろん裏ソフトも試合運びを補佐することはできるが、「相手の球質やコースを制限し、戦い方をパターン化」する点においては異質の方が明確に優位だろう。
余談だが、「頭の良い人が勝つには異質ラバーを貼るべき」といった言説を聞くこともあるが、これは因果が逆だと思う。頭の良い人が異質ラバーを貼ることで勝ちやすくなるのではなく、異質ラバーを貼り、戦術がパターン化することで、卓球IQが上がり(頭が良くなり)、その結果勝ちやすくなるのである。その意味では戦い方を覚えたい中学生・高校生やレディースの方が一時的に異質を貼ったり、戦術学習用に異質ラバーを貼ったラケットを部活やサークル内で共有するのは面白いかもしれない。