ふしん道楽 vol.11 外観
一度契約までしたのだが引っ越しをとりやめたマンションがあった。
内装や広さなどはとても気に入っていたが、外観が好きになれなかったのだ。
毎日帰るたびにうんざりしそうで悩みに悩んだ末、そのまま売却した。
新築のマンションによくあるモデルルームだけ先に別の場所につくって、客はそれを見て決めるというスタイルだったので、外観はイメージの画像で確認していたのだが、いかにリアルな3D画像であっても実際に目にするとやはり違う。
見ないふりをしていた違和感がいきなり具現化して迫ってくる。
かなり高い勉強代となったが、それ以来「完成予想図」はかなり厳しい目で見るようになった。
家を新築したり、マンションを買ったりするときに忘れてはならないのが外観だ。
私はいつも忘れてしまい失敗が多い。
マンションを探すとき、内装の方が重要というか内装しか見ていなかった。
マンションの場合は賃貸でも分譲でも等しく外側は個人でどうにもできないので、最初から気にしないようになっていたのだろう。
そんなわけで最初に買ったマンションも外観は全く気に入っていない。
というかあまり外観を見ないで買ってしまった。馬鹿なのか。
今まで何度となくGoogleマップで見てるが
「うーん。こんな外観だったっけ?!」
と、毎回新しい気持ちでがっかりしている。
そして忘れるので、その後の経験にまったく生かせていないのだった。
都内だと建物が密集しているせいか引きの目線で全体像を見ることが少ない。
建築家との打ち合わせも自分の敷地内の構成と設計図だけは入念に打ち合わせを重ねるが、近所との並びやバランスまではあまり考えない。
家を見るのが好きで近所にある高級住宅街をよく散歩しているのだが、道からはほとんどコンクリートの壁しか見えないモダン建築の隣に、クリクリした装飾のついたクラシカルな家があったり、昭和のお金持ち邸宅の並びにサンタフェ風サーモンピンクの一軒家があったりして、それはそれで面白くはあるが街並みとしては統一感が欲しいと思ってしまう。
土地を見つけて購入し、家を建てる。
そこは自分のものなのだから何をしようと勝手は勝手なのだが、ルールのない持ち寄りパーティーでテーブルの上に、餃子とニース風サラダや焼き鳥、そしてカプレーゼが並んでいる時のような「なんだかみっともない」感覚に襲われてしまう。
それぞれは美味しいし持ち寄った人たちの好きなものなのだからそれでいいじゃん!
と、食べ物ならそれで済むけど、建物の場合は街並みという共有する空間なのだから、持ち寄りパーティーみたいになっては困る。
マンションでもそうだし一軒家でも、それが「自宅からの眺望」になる人のことも考えた方が良い。
冒頭に書いたマンションは目の前が公園でとても気持ちの良い眺望であったが、公園からの眺望はおそらく微妙。
建築家は時として自分の作品としての建物のことだけを考えて、街並み全体のことは考えていないのかもしれないと思う時がある。
もちろんクライアントが希望すればその通りにするのかもしれないが、素人のアホな希望などへし折っていただいて結構だと思う。
プロが考えなければ素人は考えるわけもないのだから。
同業の大先輩であり私も敬愛してる漫画家の楳図かずお先生が、何年か前に家の外観でもめていたことがあった。
閑静な住宅街にあるそのおうちは楳図先生のトレードマークでもある赤白の縞の外壁で、ご近所の方々が眺望が壊れるから塗り替えてほしいと訴えていた。
確かに窓を開けたら毎日、赤白の縞々が目に入ってくるのはうるさいだろう。
私はご近所の方に同情した。
しかし世の中的には楳図先生の自由じゃないか、彼の個性を体現した邸宅に
ケチをつけるなよという意見も少なからずあった。
非常に難しい問題だな、とその時考えたものだ。
そのように個性のある人が面白い住宅を建てる、というのも、完全になくなってしまったらそれはそれで豊かさが失われるようでいけない。
全ての造りが同じ家が並んでいたら美しいのかというと、それは全く逆の不気味で味気のない街並みになる。
程よく揃った街並みでありながらよく見るとそれぞれの家は違う。
それが一番美しいと思うのだが、古都と言われる都市にはそういった場所が多く残っている。
パリやロンドンなどもそうだが日本で言えば京都の先斗町も、素材が同じなのと(時代的に同じものしかないためだが)建築様式が一緒。
時期によって少しずつ違いはあるのだろうけどぱっと見の印象は統一されている。
そして何より何百年たった今見てもそれは美しい。
知人が家を建てた時に「ここに100年前からいるって顔した家」とオーダーしていて、良い注文だなと思ったことがある。
なので鎌倉の家を改築するときも同じ文言を使わせてもらった。
ずっとそこにあったような家やマンションを建てていけば、街並みは自然と統一されて美しくなっていくのではないか。
ところで楳図かずお先生の邸宅問題で思い出してしまったのだが、だいぶ前に美術雑誌で先生と草間彌生さんが対談されていたことがあった。
お互いのことをよくご存知ないまま初対面のお二人がそれぞれ、赤白の縞模様についてと水玉模様についてだけ話していたという超シュールなもので、この方々のご自宅の外観に関してだけは赤白縞と水玉で良いんじゃないかと思う。
(ご近所の皆様すみません)
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