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くいいじ 漫画と食事

【2009年発行】の「食べ物連載 くいいじ」(文藝春秋刊)に掲載した文章をnoteに再掲致します。記事の内容は原稿制作当時の出来事です。
(スタッフ)

食べ物連載「くいいじ」 漫画と食事


夜更けの台所でぽっちり点いた小さな電灯の下、カップ寒天麵(白湯風六十一キロカロリー)用にやかんをかけながら考える。
どうして私はこんなに喰いしん坊なのか。
それはいつから始まったのだろう。

夜の冷気が寝巻きの首元や足先からお風呂あがりの温かさをどんどん奪って行く。
お風呂も入って歯もみがいたんだからもう寝ろっちゅう話だ。
それなのに…何故。

すぐに沸くよう少量だけ入れた水がしゅんしゅんと湯気を出し始める。
あらかじめ用意してあったカップにお湯を注ぐ。
六十一キロカロリーだから、とか言う問題じゃなくて夜中に物を…寝る直前にこうして寒いの我慢してまで食べようとする自分がわからない…。
大体なんで「白湯風」を選んだのだっけ。

…家に帰る車の中で旦那がかけていたクレイジーケンバンドを聴いているうちに猛烈に中華が食べたくなったのだ。
それも高級中華では無く気軽な、ファミレス的な中華…青椒肉絲とか麻婆豆腐とか担々麵とか…安いかんじの中華が。
でもさすがに十一時以降の中華はやめておくべきだろう。
と、あきらめたもののあきらめきれずにの寒天麵なのだった。

そう、テレビとか音楽とか本からの影響で何かを食べたくなりすぎなのだ私は。
思いおこせば小さい頃から「サザエさん」が喉につまらせるおまんじゅうじみた何かを食べてみたくて、毎週日曜の夜はおまんじゅうじみた何かが何なのか?とか喉につまった時の感じを想像していた。
しかしアレは何なのだろう。
未だに謎だ。

テレビアニメや漫画に出て来る物が食べたくなって親にねだったり買いに走ったりした事は一度や二度では無い。
『ガラスの仮面』を読んで一体いくつの食べ物を食べたくなったかを仕事中に語り合ったところ、マヤと亜弓さんがオーディション中食べまくっていたやわらかそうな大福に始まり、何かと言うと出て来るハンバーガーやラーメン。
果てはマヤが狼少女の役を演じる為に山へ入り遭難した時にかじっていたチョコレートまでもが私達少女(当時)読者の食欲を強く刺激した事がわかった。

しかし会話が進むにつれ、どうも自分だけが異様に食べ物のシーンを記憶しているような気がして来た。
同世代のスタッフ及び編集者は、ほぼ同じ作品を読んで育っているのだが記憶や影響のされ方はそれぞれまちまちだ。
馬小屋で主人公が無理にキスをされて怒るシーンに超興奮してそのページばっかり開いてたら本の背表紙が割れたとか、
やっと巡り合った元婚約者が記憶を失っていて更に他の女と結婚していたので自分の事の様に悔しがり、その女の顔部分をみどりのペンでぬりつぶしたとか、
テニスラケットに「H・O」って書いたとか少女らしい実生活への影響のうけ方なのだ(全部どの漫画か三十~四十代の女性ならわかっていただけるだろう)。

私は、と言うと自分でも驚く程に食べ物及び食事シーンからばかり影響をうけている。
『うる星やつら』に出て来るお好み焼きや焼きそばやおかずのエビフライを見れば夕食は絶対にそれが食べたくてリクエスト。
あたる(主人公)のお弁当にソーセージが入っていれば当然お弁当に入れてもらう。
小さなひと口サイズのアップルパイが沢山出て来る『美季とアップルパイ』と言う漫画に夢中になった時には食べないくせにケーキ屋で同じような小さいアップルパイを探し廻った。

ここのところダイエットで断食していた間もずっと『悪魔の花嫁』に出て来るエピソードの事を語り続けて居た。
若いけれど貧しいカップルが居る。
女は最初にわざとものすごく太っておくのである。
そうして男はお金持ちの女性と結婚し、太っている彼女をお手伝いとしてやとい入れ、妻を殺してしまう。
女はそこで短期間に猛烈なダイエットをしてやせ細り夫人になりすまして海外へ逃亡すると言うあらすじなのだが、その最初にわざと太る時食べていたケーキがものすごく美味しそうなのであった。

現実には私はケーキを嫌いであるにもかかわらず、漫画の中のケーキのイメージを食べたとも言える。
想像の中でのそのケーキはひんやりとしたクリームに包まれ、口に入れるとサラサラと溶けてしまうような味である。

そもそも「急激に痩せる」部分を皆に話したかったのに、いつの間にかそのケーキの描写を夢中でした揚句、ヤフオクで全巻セットを買って確認した。
改めて読み返してみれば他にも印象深いシーンが山ほど有る中、ケーキのシーンはたった三コマばかりであった。

夜中に寒天麵をすすりながら自分の漫画の食事シーンの少さを反省し、この食欲をもう少し創作に向けようと考えたのだった。


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