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ふしん道楽 vol.22 浴室

もうとっくの昔に浴室について書いているような気がしていたのだが、まだだった。

浴室のリフォームを今までに4回しているし、新築で一からつくったこともあるのでお風呂に関しては割といろいろとやってきた方だと思っていた。
湯船の周りにモザイクタイルを貼ったしシャワーブースもつくった。
レインシャワーも設置してすぐに使わなくなったし、モザイクタイルが湯船からのお湯で流されいつの間にか消失していく悲しみも知っている。

古民家の小さな浴室スペースをいかにして使いやすくスタイリッシュな空間にするかで半年は悩んだし、本当は浴室に使えない種類の大理石タイルを無理言って壁に貼ったり、丸いでっかい浴槽を何もない空間にどーんと置いてみたものの寒いし掃除も大変だしどうしよう、と途方に暮れたこともある。

とりあえず一通りはやってきたのだ。

しかし最近になって、そんな"お風呂リフォーム番長“を自認していた私が
床に転げ回るほど素敵なリフォームお風呂に遭遇してしまったのだ。

それはとある元インテリアデザイナーさんのお宅にお邪魔した時のことだ。
どういった流れかは忘れてしまったが、お風呂の話題になった。
いろいろなエピソードが出るうちに私も思い出して、フルリフォームされたマンションに引っ越したものの浴室だけがどうしても気に入らなくてつくり直したときの話をした。

まだ新しい壁のタイルを剥がしてみたら、その下からリフォーム前の、マンション建設当時のユニットバスが出てきたことがあって、普通なら撤去してつくり直すところを、ユニットの壁にただペタッと接着剤でタイルを貼り付けてあるだけ。下地も入れられていない。単純にデザインが気に入らなくてやり直すことにしたのが怪我の功名で、あのまま使っていたら2、3年で漏水やタイルが剥がれるなどトラブルが起こって、どのみちリフォームが必要だったろうと担当業者さんには言われたんですよ、めでたしめでたし。

と、締めくくると、
そのインテリアデザイナーのマダム(以下マダム)は
「うちも水が漏れててリフォームしたところ、半年もかかったの。
やっと完成したのでご覧になりますか?」
とおっしゃった。

遊びに行ってもなかなかよそのお家の浴室は見ることができないものだ。
もちろん「ぜひ!」と即答した。

そして洗面室から始まる浴室全体を見て本当に歓声を上げてしまった。
ブラヴォー!!
素敵すぎる! なにこれ。どこ? スペイン?
鳴り止まぬ拍手、スタンディングオベーションである。

この連載の白黒のイラストを少し前からやめてしまったのだが、今日ほどそれを後悔したことはない。
こればかりは絵で説明したい。

写真も撮っていないので記憶に残る画像を頼りに描写するしかないのだが、そのお家は築年数が結構経っている一軒家で、構造などの関係もあって浴室は隣の壁を抜いたりできず広げるのが困難だったそうだ。
全体で六、七畳ほどのスペースだったと思う。
その中に一寸の無駄もなく、サウナ室と洗面室と浴槽、水風呂用浴槽、そしてシャワーブースが美しく収まっていたのだ。
それは芸術品のような見事さだった。

まずドアを開けて正面に、アカシアでできた素朴スタイリッシュ系の洗面台が設置されている。
大きな鏡と大きな長方形の置き型の洗面ボウル。
壁はところどころにコッパーが稲妻のように走るチャコールグレーの石材で、落ち着きのなかにも華やかさがあって非常に上品である。
床は壁と同色系のブラックスレートが石畳のように敷いてあり可愛らしい。

そして洗面室に向かって左手には枠のない一枚ガラスのドアがあり、その中はサウナになっている。
家庭用サウナといえば大体、白木のボックスみたいなやつを丸ごと買って組み込むものだと思っていた私は、文字通り床を転げ回った。

うちにもこれが欲しいよ〜! このサウナが良いよ〜!!

サウナの内部も同じスレート(もしかしてそう見える異素材かもしれない)貼りだが、座ったときに背中が当たる部分には厚さ7、8センチほどの木のデザインウォールが横に長く貼ってある。
熱くなった石の壁に体が触れないように配慮しつつ、その下部に照明が仕込んであるので非常に美しい空間に仕上がっていた。
これ以上の“一石二鳥“を見たことがない。

浴室全体の壁の一部をくり抜いて横長の空間をつくったかたちなので、横に並んで三、四人一緒に入れるうえ、一人なら真っすぐに足を伸ばして横たわれる。
四人が対面するようなボックスタイプのサウナよりもよほど使い勝手が良さそう。

洗面室の右手側は浴室なのだが壁がなく空間は一緒だ。
洗面室の床からそのまま地続きに階段が始まって、バリ島のスパみたいな石貼りの浴槽につながっている。
階段がちょうど湯船の中のベンチの役割を果たしていて、ここにも一石二鳥がいた。

しかもその浴槽を取り囲むように、方立のないコーナー窓がある。
外からはもちろん見えないようになっている。

窓のすぐ横に薄べったいステンレスの台が壁から生えていて、その上がシャンプーやリンスの置き場になっている。
が、お湯はどこから出るのだろう?
不思議に思っているとマダムが説明してくれた。
「あのシャンプーを置いている台がカラン。
首の後ろからお湯が流れてくるようになっているの。」

おしゃれすぎるシャンプーラックかと思ったら、まさかの肩流し湯!!
最高すぎるぜ三羽目の一石二鳥!!!

そしてその浴槽の中を間仕切るかたちで浴槽がもう一つ隣にあり、それが水風呂なのだが、毎日は使わないので、すのこを載せてその上をシャワーブースとして使用する。
浴室全体のドアを開けるとすぐ右手がそのシャワーブース。
一枚ガラスの片開きドアが付いていて、シャワーからの飛沫は洗面室に
飛ばないようになっていた。

私のつたない文章力でどれだけのことが伝わったのかは分からない。
しかしこれだけは言える。
プロが自分のために時間とエネルギーをかけて本気で仕事すると、こんなにすごいものができてしまうのだ。
浴室という四角い空間に、その人がしてきた全仕事の創造性と、丁寧で美しい職人の心が現れているのを見てしまった。

そして私は「素晴らしい浴室を見せていただいてありがとうございました」とお礼を言ってマダムのお宅を退出し家に帰ると、「お風呂リフォーム番長」と書かれたタスキをそっと外して箱に入れ、押し入れにしまうのだった。

初出:「I'm home.」No.122(2023年1月16日発行)

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