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ふしん道楽 vol.21 リクライニングチェア

この歳になってますますリクライニングチェアが大好きになった。
この歳になって、というのも変なのかもしれないが今までずっとソファ派で、
日中くたびれて仮眠を取ったり休憩したりするのはいつもソファ。
色とりどりのクッションを並べてそこに倒れ込んだり
季節によってスローやピロウを換えては
居心地が良いように背中や首に当てて調整して寝るのが好きだったのだ。

それは今でも好きで、だからリクライニングチェアというものは
なんだか機能性重視で家具としても美しくないような気がして
自分の人生を共に歩む家具とは捉えていなかった。


しかしである。
うちは夫の職業上(アニメや映画を制作)家に上映設備が必要で
ホームシアターを設置している。

ホームシアターと言っても
海外セレブの邸宅にあるようなちゃんとしたチェアが横並びに何脚か置いてあって
後ろの段が高くなっているアレではない。

もちろんプロ仕様で音響設備にはそれなりの装備をするが
日本の住宅事情に合わせたコンパクトなサイズだ。

鎌倉の家の時だけは少し大きめだったけどシアターとは呼べなかった。

裏の崖地を少し登った場所に元々小さなお茶室が建っていて
購入時すでに何年も使われていなかったために朽ち果てていたのを改装したのだ。

茶室自体は6畳で縁側と水屋合わせても十畳あるかないかだったが
土台から修繕してお茶室のふりをした映写室に作り替えてしまった。
シアターと言い切れないのは下が畳で座椅子に座って映画を観ていたからだ。

座椅子というものは長時間座ると案外腰にくる。
テレビショッピングにあるような台が付いていてくるくる回るものなども
試したけど
映画鑑賞には向いていないようだった。

打開策としてIKEAでリクライニングチェアを購入し映画鑑賞用椅子として使用した。
これが私にとって初めてのリクライニングチェアとなった。

この小さなお茶室ホームシアターは遊びに来た人には好評であったが
凝りに凝って屋根を銅葺にしてしまったために、
銅の屋根に雨が落ちる音がトントンと響き、映画の音声が聞こえない。
秋になればどんぐりが落ちてこれもまた騒がしいから雨の日と秋は映画が観れない。
1番ゆっくり映画を観たい時に観れないので段々に使わなくなった。

この時の椅子は気に入っていたので母屋に持って行ったが
映画を観る場所には他のソファがすでにあったため結局使わなくなって
誰かにあげてしまった。

都内に戻った家にホームシアターを用意する際
これらの失敗を繰り返さぬようにと色々注意した。

今度はマンションなので防音の壁にして
鎌倉とは逆にこっちの音がお隣近所に響かないように気をつけたし
座る椅子も色々調べて、勧める人の多かった
「ノンストレスチェア」というものを選んだ。

これは本当に素晴らしいリクライニングチェアだった。
とにかく何本映画を観ても腰や首が痛くならないのだ。
何ならそのままうたた寝してしまっても体のどこかが痛くなるということがない。

ただ、とにかく値段が高いのと場所を取るということだけが問題だった。
大きめの部屋でもこの椅子を二つも置いたらそれ以外はもうほとんど何も置けない。
それと座り心地を優先してホールド感の大きいタイプを選んだため
デザイン的に若干ダサいのも気になった。
インテリアとしては色々諦めなければならなかった。
椅子選びにおいてインテリア性を犠牲にするなんて
それまでの自分では考えられなかったが
それほどまでに座り心地はよかった。

そしてこの椅子を選んだことでもう一つ良いことがあった。
瞑想の習慣を取り戻したのだ。

私は若い頃に仕事でインドの健康医学であるアーユルヴェーダの
オイルマッサージを体験したのをきっかけに瞑想にハマった。

単純に一度受けたアーユルヴェーダの施術が大変気持ちよくて忘れられず
とにかくアーユルヴェーダの文字を見つけるとどこにでも行っていたら
いつの間にか
瞑想センターみたいなところに行き着いてしまったのだ。

マッサージを毎日受けられ、断食もやる1週間のコースを申し込んだところ
毎日瞑想するというオプションがついていた。
知らないで申し込んだので最初は戸惑ったが
やってみると心が落ち着き
頭もクリアになって気に入ってしまった。

それ以来しばらく忘れてやらない時期があっても思い出すとまた続けていたが
この時期は2年以上瞑想から離れていた。
それがこの椅子によって復活したのだ。

なにしろ座っているときにどの場所にも負担がかからないために
体のどこかに意識を向けることなく瞑想できる。
しばらく忘れていたのにまたメンタルケアに向き合うようになった。

しかしこの椅子は大きくて重いので何処にでも置けるというわけではない。
オットマンもついているので実質移動は大変な労力を要する。
気軽に持ち運べてどこでも座れるノンストレスチェアはないものか。

そう思っていた矢先、たまたま見かけたYouTubeで
コールマンのインフィニティチェアが
紹介されていた。
芸人さんが田舎にサウナ専用の家を建ててそこで整う際に外に置いて
使っていたのだがこれがもうとっても気持ちよさそう。
インフィニティー!と叫びながらリクライニングを倒して思い切り横になるのだ。
やってみたくてすぐに購入した。

初めて体を背もたれに預けて仰向けになった時には思わず声が出た。
流石に「インフィニティー!」とは叫ばなかったが確かに叫びたいほどに気持ち良い。
しかもキャンプ用品のメーカーだけあって折り畳んでどこへでも持っていける。
マンションの屋上の共有部分や、車で公園に持って行っても楽しめる。

ノンストレスチェアとまったく同じというわけにはいかないが
体のどこにも負担がかからずずっと寝ていられる。
それでいて1万円以下という低価格。
文句は何もない。
それどころか大絶賛である。

これが来てから瞑想の時間も飛躍的に伸びた。
そして今も窓辺に置いた椅子に座ってこの文章を書いている。
秋が深まれば車に積んでどこか野山の美しい場所にでも行って
好きなように座ってみたい。

家具というと家の中にあってどこに置くのか決めたら
そうそう動かさないものと思っていたけど
一緒に移動する家具、というものにこの歳にして出会ってしまった。
老後はこの椅子に座って森の木の下で過ごしたいという夢ができた。

インフィニティー!

初出:「I'm home.」No.121(2022年11月16日発行)

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