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20年ぶりの青い満月は綺麗すぎるぐらいに光輝く『月姫 A piece of blue glass moon』

「月姫」といえば、2000年のコミックマーケット59にて頒布された同人ヴィジュアルノベルです。2003年には『真月譚 月姫』としてテレビアニメ化、同時期に佐々木少年によって漫画化、ファンディスクやおまけディスクが制作されるなど同人ゲームとしては異例の大ヒットタイトルとして知られています。制作したサークル「TYPE-MOON」は後に法人化して2005年に『Fate/stay night』を発売し、これまた複数回のアニメ化がされて、大大ヒット。『Fate/stay night』は多数の派生タイトルを生み出し、今やオタク界の超巨大コンテンツとして存在しています。このような事実から伝説の同人ゲームとしてオタク界隈では非常に有名ではあるものの、同人ゲーム故の流通量の少なさが災いして入手難度がやや高いゲームとしても有名でした(中古価格がそれなりに高い!)。リメイクの企画は10年以上前からあったものの、長らく続報がないために絶望視されていたところに2020年末に突如ufotable制作のオープニング映像を発表。2021年8月26日にNintendo SwitchとPlaystation4向けに発売されました。

ネタバレ、ダメ。絶対。

発売から2週間はネタバレ禁止とされていましたが、この文章を書いている段階ではネタバレ解禁とはなっています。とはいえ、映像のキャプチャを公開したり、プレイ動画をアップロードするといった行為は厳禁とされています。文章を読んだり、選択肢を選んだりしながらスクリプトされた演出を楽しむ形式から「デジタル紙芝居」とも言われるヴィジュアルノベルは動画で見ることで満足してしまう人も多いというマーケティング的な理由が大きいと思いますが、それ以上に本作に仕掛けられたサプライズを新鮮な気持ちで楽しんで欲しいという意図があったのではと思われます。

幼いころに遭った事故で死にかけて以来、「ものの壊れやすい線」が見えるようになってしまった主人公遠野志貴は、ある日街で見かけた絶世の美少女を衝動に駆られて「壊して」しまう。その場で気を失って気づけば帰宅していた志貴だったが、次の日の朝に「壊れた」はずの女が現れたことから志貴の日常は一変する。その女、アルクェイド・ブリュンスタッドは真祖と呼ばれる特殊な吸血鬼であり、別の吸血鬼を追って街にやってきたという。女を「壊した」ことへの償いとして吸血鬼探しのために協力することを要求された志貴は闇に潜む者たちのとの戦いに身を投じていく・・・

物語の導入についてはオリジナルの同人版と概ね同じです。分岐ポイントもほぼ同じですから(1週目ではシエルルートに入ることはできません)昔オリジナルをプレイしたという方でしたら同じような感覚で進められるはず。しかし、事前情報でもあったように本作ではオリジナルには登場しないキャラクターが追加され、物語上でも大きな役回りになっているため、新鮮な感覚も常にあるという不思議体験ができます。事前情報になかったキャラクターも多く登場し、同じ選択肢であっても新キャラクターが絡んだ新たなイベントになっているなどサプライズの連続が味わえる展開となっています。既存のキャラクターもデザインが変更されている場合もあるため、オリジナルをプレイされている方ほど驚きの多いゲームではないでしょうか。オリジナルプレイ済みの方とは違った楽しみ方にはなると思いますが、キャリアを積んだTYPE-MOONのスタッフによるエンタメ精神に溢れた作風は『Fate Grand Order』から入った新規のプレイヤーの方にも楽しんでいただけることでしょう。

新鮮な味わいの1週目、未知の空想具現化に取り込まれる2週目

1週目ではアルクェイドとの物語、2週目では学校の先輩であるシエルとの物語の2部構成となっている本作。1週目はオリジナルとの差は大きくなく、途中で新キャラクターが絡んだイベントがあったりはするものの、物語自体はほぼ変わっていません。オリジナルをプレイされた方は細部の差異から来る新しい味わいや技術の進化を楽しめますし、新規のプレイヤーの方は20年前にオタク界隈に与えたインパクトの一端に触れる体験が可能だと思います。オリジナル版でプレイヤーに笑いと脱力と攻略のヒントをもたらしたシエル先生のコーナーも健在です。『Fate/stay night』にあったタイガー道場の月姫版ですが、この内輪ノリ・楽屋オチまで再現してくるあたり(もちろんすべて書き下ろしです)は同人サークル出身の彼等らしいといいいますか、一貫性があって良いことだと思います。

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画像はオリジナル版より

このような安心できるプレイを提供する1週目のアルクェイドルートですが、2週目のシエルルートからは一気に別次元に突入します。分岐してからの展開はアルクェイドルート以上に新キャラクターが活躍し、それに伴ってオリジナルとは全く違う展開を迎えます。とくにシエルの相方となるシスターノエルがとんでもない曲者でして、彼女が登場したことで巻き起こる展開の数々には本作がZ指定となった理由が分かるものもあり、オリジナルプレイ済・未プレイを問わず衝撃を受けることでしょう。本作で最も感情の起伏が激しいともいえるノエルを演じた茅野愛衣さんの演じ分けと気迫には圧倒されました。個人的には同じく新キャラクターにして超曲者を演じた能登麻美子さんの普段はなかなか聴けないハイテンション演技にも驚かされましたが、本作のベストアクトを挙げるとすれば茅野さんではないかと思います。

サプライズ連発のシエルルートはクライマックスに至るとさらにヒートアップしていきます。オリジナルの月姫の作風から大きく逸脱しているような特大スケールの戦闘シーンに違和感はありつつも、プレイヤーの裏をかいて作品のポテンシャルを引き出していく奈須きのこのシナリオや美麗な絵に引き込まれたことは事実。TYPE-MOONの仕掛けた壮大な空想具現化は長年待っていた古参のプレイヤーと新規のプレイヤーの両方を納得させるだけのエネルギーに溢れたものとなっていますので、1週目を楽しまれた方は是非とも2週目をプレイしてください。2週目からが本番です!

リメイクの在り方

例えるならば『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のような変貌を遂げた月姫のリメイクですが、エヴァンゲリオンと同じく作り手の技術と経験が積み重なった結果としてこういった形になったのだと思われます。当時と可能な限り同じものを今の技術で作り直すリメイクの在り方も尊重されるべきですが(最近では『同級生リメイク』はこのパターンです)、当時と同じことをやる欲求はクリエイターの側にはあまりないわけで、過去作からの進化を望むものです。その結果、インディ作品ならではのリソースの少なさによるコンパクトな世界や静かな雰囲気が超大作のデカ盛りに変わってしまったことには一抹の寂しさはあるものの、前向きな変化と考えて素直に楽しむのが正解でしょう。『Fate/stay night』や、その後の『魔法使いの夜』でも派手な方向性で作品が制作されていたことを考えると、その2作と世界観を共有する月姫がこのような作風でリメイクされたことも納得できます。

朱い月が照らすあの庭で再会を誓う

ここまで書いてきて、オリジナルをプレイされた方は秋葉ルート、翡翠・琥珀ルートはどうなったんだ?という疑問があると思います。今回のリメイクで収録されているのはアルクェイドルートとシエルルートのみで、それ以外の展開はありません。そう「今回」は。パッケージにも書いてありますが、『月姫 A piece of blue glass moon』が描くのは月の表側の物語。それは40時間にも及ぶ大ボリュームで満足度の高い物語でしたが、表側からは見えてこない景色が裏側にあることを考えると気になって仕方ないというもの。私と同じくもっと月姫の世界を見てみたい方はひとまず全てのバッドエンドを巡って表側の物語を隅々まで味わってください。もしかすると、新たな景色がほんの少しだけ見えてくるかもしれませんよ?では、朱い月夜にまた会いましょう!!

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庵野ハルカ
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