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40歳、髪について思うこと

 髪の美しさなんて、若い頃はあまり気にしてなかった。
 清潔でさえあれば良いと思ってたし、美容院でわざわざトリートメントなるものを数千円かけてする意味が分からなかった。

 でも、40代に突入した今はよく分かる。
 髪の色艶や豊かさは、美肌同様、女性を若々しく美しく見せるのだと。

 顔立ちがどんなに綺麗でも、髪が切れ毛だらけでパサパサでは台無しなのだ。思わず駆けよって「疲れてるの?大丈夫?」と声をかけたくなってしまう。
 
 映画館で最後列に座った時、目の前に並ぶ後頭部の多くが傷んだバサバサとした髪で愕然としたことがある。
 私の髪もこう見えてるのかもしれない。
 それ以来、美容院でカットと共にトリートメントを頼むようになった。トリートメント後の髪はふわふわでサラサラで自分で触っていても心地よい。10代や20代の頃、私の髪はこんな触り心地だったろうか? 何もしなくても、何も気にならなかった健康な髪をもっと触っておくんだったなぁ、とは思うが仕方ない。失って初めて、持っていたことに気付くのだ。

 さて、髪の傷みをトリートメントで補修することを覚えた私が向き合っているのは、白髪である。

 普通にしていればあまり目立たないが耳の上辺りをかきあげると、実はかなり白い物が混じっている。
 気づいた最初のうちは、いちいち切ったり抜いたりしていた。
 しかし、私の髪は正直そう多くない。しかも細くてボリュームもない。
生えている髪は大切にしたい。
 
 染めるべき、なんだろうか。
 しかし、拭えぬ抵抗感があるのも確か。
 決めきらぬまま、じわじわと増える白髪。

 だけど、ある日。

 職場の廊下で、真っ白なロングヘアの女性とすれ違った。
 見覚えのある顔、少し大股で特徴的な歩き方。
 実習生時代にお世話になったYさんだった。

 20年前のYさんは、これぞアジアンビューティー!といった感じの黒髪ストレートを一つに縛って、言葉少なにテキパキ仕事をこなしていた。怖い人ではないが愛想の良い感じでもなかった。ただ淡々と黒髪を揺らして仕事をしていた。

 久しぶりに見た真っ白な髪のYさんは、その顔も物腰も少し柔らかくなったように見えた。病院の蛍光灯の下でなく、ガラス張りの渡り廊下で秋の陽が注いでいたからそう見えただけなのかもしれないが。
 それでも、その髪の白さが柔和な雰囲気にとても合っているように思えた。
 長い白い髪は人を若くは見せないが、なかなかどうして美しい。
 そう思った。

今私は、前髪を掻きあげて染めるべきか悩むことはない。白くなっていく様を楽しんですらいる。ブラックジャックの様に左の前髪だけ白くならないかな、なんて想像しながら。

髪の傷みは放置したくない。色が抜けていくのは眺めていたい。
美しい髪がどんな髪かは、結局私が決めて作るのだ。

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