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12月20日発芽野菜の日

 お誕生日おめでとう。

 そう言ってお祝いしてくれた娘から、なにやら透明の容器とそれにセットすると思われるメッシュになったフタのようなもの。キッチンペーパーが数枚、それに加えて謎の小袋が5つ、小さめの段ボールに入って送られてきた。


 二年前に妻が他界した。娘や息子はすでに家を出ているので、男やもめ一人暮らしである。ちなみにやもめではあるが、蛆はわかない程度に丁寧に暮らしを整えているつもりだ。

 先月、自身の定年退職を迎えた。退職にかかる有給休暇の消化も、外出することもなく家で一人のんびりと過ごしてまもなく終わる。来月からは新しい部署で週に5日、短時間での再雇用となる。仕事が始まれば今よりはマシかもしれないが、それも短時間なので、やっぱり時間を持て余すことだろう。

 体を動かさなくてはと近所に買い物がてら日々散歩に出かけるが、新たな道を探索する訳でもなく、もう長年つきあってきたなじみの道を毎日同じくらいの時間帯に歩くのだ。見かける小学生と顔見知りのようになったのも無理はない(このご時世だ。声なぞ掛けない)。

 そんな愚痴めいた話をしたからだろうか。娘から小包が届いたのだった。

「だからだよ」

 娘の麻が電話口で言った。届いた冒頭の栽培キットについてお礼を兼ねて質問をしているとこだったのだ。何故、栽培キットなのかと。

「そろそろ一人暮らしにも慣れただろうけど、お母さんもいないし、私たちもなかなか会いに行けないからさ、暇にしちゃうと思って」

「だからって、別に植物を育てなくても」

 私はキットの袋を開けながら麻に言う。透明のプラスチック容器は10cm×15cmくらいだろうか。やや深めで口が広い。

「ただ植物を育てるだけじゃないんだよ。栄養を育てるの」

「へぇ、栄養ね。何を育てるって言うの」

 栽培キットに入っている種らしき5つもある謎の小袋は、アルミパウチの様に封がされていて中身が見えない。

「スプラウトだよ」

 スプラウトくらいは聞いたことがある。たしか、発芽したもの。野菜の芽。

「意外と知っているのね」

 麻が驚き、私は失敬なと返事をしておく。

「ブロッコリースプラウトとラディッシュスプラウト、チアシード、豆苗、それとひまわり」

 ひまわりにもスプラウトなんてあるのか。さすがにそれは知らなかった。なんだか少し楽しみになってきていることに自分で驚く。

「だからさ、お父さん、スプラウト育ててよ。きっとお世話はそんなに面倒じゃないはずだよ。でも、お世話しなくていいわけじゃないから、のんびり一緒に暮らす感覚で」

 私は、スプラウトに声をかけるのが毎朝の習慣になるのだろうかと、なんだか少しこそばゆい。

「一緒に暮らして、育ったらその栄養をちゃんと摂取して、健康でいてよ」

 麻はそう言うとまたねと言って電話を切った。

 一緒に暮らせと、スプラウトを送ってくる娘の話を私は聞いたことがないけれど、栄養価の高い毎日が送れるならばそれはそれで悪くないと思い始める。

 まずは最初に、妻の好きだったひまわりから始めてみようか。
 もしかしたら、心の栄養も育つかもしれないと淡い期待をもって。

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【今日の記念日】
12月20日 発芽野菜の日

広島県広島市に本社を置き、発芽野菜を手がける株式会社村上農園が制定。一般の野菜よりも数倍栄養価が高く、生活習慣病の予防でも注目される発芽野菜(スプラウト)をさらにアピールするのが目的。日付は毎月20日(はつか)を「発芽(ハツガ)」と読む語呂合わせから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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