
0329_スマート
霧雨のような雨が降っていて、私は傘をささずに歩いていた。時折目に入る小さい小さい雨粒が煩わしかった。上等なコートを着ていたこともあり、コートに落ちる雨を忙しなく払ったりもする。
傘を、させばよかった。
思えば、私は大体いつもこのような感じになる。スマートいかない。
このくらいなら今やってもいいだろうと思って手を付けては、膨大な時間が潰れて泣きを見る。
ならばと思って、あれとこれをこうして、と、いろんなものを綿密に組み立てる。よしこれを実行すれば!と、思うところまで行くとすでに時間がなくなり、実行は遠のく。
いろんな見積もりが甘いのだろうか。
毎日こんな風に思う。同僚や、もしくは何年も下の後輩でさえ、何だか淡々と仕事をこなしている。分からないことを聞けば、すぐにさらりと返してくれる。スマートだなぁと思う。
ある時、そのスマートな後輩の異動が決まった。彼女の業務を一部を引き継ぐことになり、レクチャーを受けた。
「これをこんな感じで」
彼女の引き継ぎは大胆だった。
「えっと、ここはどういう意味です?」
「ここは前年のものと同じと言う意味ですね、きっと」
「これ、計算式が入ってないところは?」
「これはイレギュラーな方なので、適宜本人に聞いて手入力で入れてください」
私がそれら全てを咀嚼するに努めていると、彼女はあっけらかんと笑う。私は何だか拍子抜けして、思わず口に出る。
「意外と、大胆にやっていたのね」
「そうですよ、先輩、私がしっかりしててすごいみたいに言ってくださいますが、私はどちらかと言うと出たとこ勝負なので、何も計画的ではないですよ」
そう言って、ふふふ、と繊細に笑った。
でも、私はちゃんと知っている。彼女の手元のメモ帳にはいつだってフルスロットルでいろんなものが書き込まれている。それを、彼女が丁寧に咀嚼して、残った必要なものが、今、引き継いでくれたものなのだ。やっぱり彼女はスマートだった。
私は、めちゃくちゃに考え込んでもまとまらないし、綺麗に解決することも出来ない。その上、そんなことはしていないと彼女のようにスマートに見せることも出来ない。
でもきっと、その努力や過程は全くの無駄じゃないことが、急に胸の奥にストンと落ちた。
彼女とは違うけど、私はどうやらこれでもいいらしい。大胆にいこう。
雨が強くなってきたので、私は傘を開いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
18時からの純文学
★毎日18時に1000文字程度(2分程度で読了)の掌編純文学(もどき)をアップします。
★著者:あにぃ