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0723_静かなるひととき

 私は静かに汗を流している。

 触れてもいないのに、右腕の表面がしっとりと汗ばんでいるのが分かる。脇の下や座って組んでいる足の膝の裏、背中、額、髪の生え際。至るところから汗が滲む。暑い暑い。はぁはぁと息が荒くなることはないし、じりじりとした苛立ちも特にない。ただ、静かに、今このときの暑さに体が反応しているだけなのだった。

 月岡が離婚したらしい。
 私はその話を聞いて、ふーん、と思った。それはもうなにも思っていないに等しいのだけれど、そんな事は口にも出せないので、「おお、それはお疲れさんだったね」などと慮った風を装う。

「ほら、もう離婚寸前だったでしょ、うち」
「そうだっけね」

 そうだったか、そうだったかもしれないけれど、頼んだアイスコーヒーはまだ来ない。まだ来ていないのに、何となく手持ちぶさたと視線の余りを手元に集中して見せる。離婚か。離婚ねぇ。

「幸か不幸か、うちは子供ができなかったから、割りとスムーズに別れられたのよ。もっと早くしておけばよかった」
「ああ、じゃあ、すっきりしたんだね」
「まぁね。あ、でも色んな書類変更、あれには辟易しているわね」

 よく聞くよね、それ。そんな風に小さく笑っていると、ウエイトレスがコーヒーを運んでくれた。ありがとうと受け取り、私は一気に半分ほどを飲み干した。月岡が私を見ていた。

「離婚の直接的な原因は?」

 原因なんてひとつじゃないだろうなぁと、私は思いながら聞いてみた。「あいつ、不倫してたの。それだけよ」月岡はそう言って、こちらも運ばれてきたアイスティーを飲む。離婚理由、ひとつだったようだ。カラン、と氷が溶けて崩れる音が聞こえた。

「そっか。それは・・・・・・仕方がないね」
「相手にも慰謝料請求して、私はそれで納得させることにしたの、自分を」

 月岡のその目は真剣で、私はどこか納得した。
 彼女はとても誠実な人なのだ。

 月岡の旦那(今では元がつくけれど)とは2年付き合っている。現在進行形であり、恐らくは別れるつもりもない。そして私は彼から離婚をした話を聞いていなかった。

「ねえ、理沙、本題に入っていい?」

 月岡がまっすぐに私を見据え、同時に今度は私のアイスコーヒーの氷がカラン、と崩れた。

 私は、静かに汗を流している。

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