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0630_滲む

 ペットボトルの口に、紅のあとがある。指で拭き取り、唇に戻した。

 私は、男だった。

「少し、滲んでるよ」

 彼に言われて、私は唇を指先で触れる。感覚で拭き取り、また指先を見る。ペットボトルに付いていたそれと同じようであった。キスをしたらきっと相手の唇にもこんな感じで付くのだろうなと思って、口元が緩んだ。

 彼は、私の彼ではない。私の友人で良き理解者だ。多分、そう思っている。けれど本当のところはわからない。

 私の心が女性であるということを、一番に気づいたのが彼だった。私自身が気づくより先に、彼が気づいた。「譲は、女性になりたいの?」そう、私に言ったのは大学を卒業する時分であった。卒業したらこのままもう会わないと思っていたものだから、どうにも整理できない卒業時である。実際、私はその時その瞬間まで、自分が女性であることなどわかっていなかった。
 結局そのあと、就職して3年になるが未だ定期的に会っては何かと私に付き合ってくれている。彼はきっと面倒見が良いのだろうなと思う。

 気に入りのワンピースと、彼が施してくれたメイクをして、私は彼と3ヶ月に1度デートする。今日は10回目である。

「そのワンピース、似合っているね」
「ありがとう。少し明るすぎるかなと思ったんだけど」

 私がワンピースに触れると、彼も触れた。

「似合ってる。リップの色と同じカラーでとても綺麗」

 いつも、こんなふうにして私をおだててくれる。私はいつもそれを嬉しく思って、たまらない。

「行こうか」
「うん」

 彼が手を差し出し、私がそれをとる。
 彼の手が汗ばんでいた。

「10回目のデートだね」
「そうだね、いつもありがとう」

 歩き始めたばかりなのに、彼がその場に止まる。そして、私の唇に触れる。

「滲んでる」

 彼が私の唇を拭い、それを自分の唇につける。キスしたみたいだと、ふと思う。

「滲ませてるでしょう」

 私が言うと、彼はいたずらに笑う。

「伝えたいことがあるよ。早く行こう」

 手を繋ぐ彼の指先が熱く、私の手の甲が痛む。滲んだ口紅のその色が次にはどこに付くのだろうかと私は思いながら彼についていく。

 蒸し暑く、雨が降り始めた。


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