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0416_愛おしい日々
観葉植物と言う名の私のベッドに大きな指が近づいてくる。それは『親指』と言うのか『人差し指』と言うのかそんな名前だった。ベッドに付いた私の排泄物を白い紙を巻いたそれらの指で拭き取り、そのついでに背中を撫でられたりする。ざらり、と感じる。
「お、起きてるね。おはよう。それと、ただいま」
私の飼い主のセイジはいつも声をかけてくれる。朝は静かに、夜は明るく、夜行性の私に配慮してくれているのだ。優しいと思う。けれど、背中をふいに撫でられるものだから、私は驚いていつも逃げてしまう。追いかけたり触り続けられることはないけど、いつもごめんね、と思う。
「今日はね、少しだけ仕事、出来たよ」
彼が帰って来る時間は大体決まっている。暑い季節だとまだ明るい時間、夕焼けがきれい。帰ってくるなり、私に声を掛ける。そして、いつも少しだけ話しかけてくれるのだ。
「思ったより仕事が少しできた。しんどいけど、他にやらなきゃいけない仕事はまだまだあるけど、とりあえず1つは出来たんだ」
私が人間ではなく小さなヤモリだからか、色んな気持ちを教えてくれる。私は、せめてと顔や目線を彼に向けている。
······あ、コオロギ!!
「お!食欲あるね。あとでもう少しご飯足しておくね」
しまった!またコオロギにやられた。視界にコショコショと動くものが入ると、私はいつもどうしたってそちらに気を取られてしまうのだ。ごめんね、セイジ。
でも、セイジはいつも話を続けてくれる。
「全然、思っているようには今日もいかなかったけど、それでも1個できたからいいやって思ってる」
セイジの顔は確かに昨日より少しだけうれしそう。そう言えば、毎日少しだけ嬉しそうに見える。
「それは、君のおかげだろうね」
私の心の声が聞こえたのだろうか、返事をくれた。
「君が毎日僕の話を聞いてくれるから、僕もまた、少しでも君に嬉しい出来事を伝えられるように意識してる。取るに足らないものばかりでも、良いことを1つは見つけられるようになった。ありがとう」
そう言うとまた、セイジは私の背中を人差し指でそっとなで始めた。私は、何か言わなきゃ、せっかく気持ちが伝わったのだからと思うが、当たり前だけどなんの言葉も出てこない。それでも、私はあなたの毎日の報告で、日々を実感しているのだと、私こそ伝えたい。伝えたいから。
そう思って口を開く。
「キュウッ」
なんか、鳴き声が出た。
セイジはちょっとびっくりして指を離してくれた。触ってごめんねと言って笑った。そうじゃないのよと私は思うが、もちろん言葉にならない。
「また、報告するね」
セイジが笑って言った。
私は何とか口を開けて、(多分)笑ってみせた。
「ああ、コオロギあげるね」
セイジが言い、私はやっぱり、そうじゃないのよと思うのだった。
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★著者:あにぃ