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0712_染みが滲む

 汗が背中を伝い、シャツに滲む。
 数日前の梅雨の猛暑に比べれば、今日の気温など涼しいくらいだろう。けれどそこは梅雨なのである。蒸し蒸しとしていて湿度が高く、嫌な暑さを感じている。

「週末だよ、会いに来てよ」

 かれこれ2年付き合っているが、こんな風に自由に私を呼び付けたりするのが少し困る。
 少し困るが愛おしい。

「ビールはいらないよ。コーラを買ってきてね。それとなにか甘いものを」

 彼がこんな風に注文を残すときには、こちらで一捻りが必要になる。炭酸とスイーツ。きっと映画でも見るのだろう。そうなると、奴は甘いスイーツのあとに少ししょっぱいものが欲しくなるから、ポップコーンも買っていく。彼の好きなバターじょうゆ味。

「気が利くね」

 自分の選んだ人間がある程度思う通りに動いてくれることに喜んだらしい。私が家に着くなり、買い物袋の中身を見てはニィっと笑ってみせた。愛くるしい。

「で、今日は何をするの」

 こちらこそ、顔を見れた喜びでニヤけそうになるところを、なんとか格好つけようと必死で抑えて聞いてみる。彼の手元には珍しくワイングラスがあり、もう一方の手にはしっかりとワインが持たれている。
 アルコールは好きではなかったはずだが。

「はい」

 私にグラスを1つ渡し、既に口の空いたワインボトルをそのグラスに寄せ、注ぐ。濃い紅が注がれ、ふぅっ、と葡萄の香りがした。次いで、「ん、」と言って私にボトルを寄越した。注げということだろう。注いでやる。
 彼はとても満足気だった。

「どうしたの、珍しいね」

 私がグラスに口を寄せながら聞くと彼はピタリと右側に体を寄せた。

「なんにもないよ」
「そう?いやに嬉しそうだし、満足そうだ」

 赤ワインはそこまで強いアルコールではなかった。それなのに、どこかすぐに酔いが回りそうに思えた。
 彼はそっと私のグラスに自分のグラスを当てて鳴らしてみせた。

「何もないよ。何もないのに幸せが満ちているのだなぁと思ったら乾杯したくなっただけ」 

 ふふふ、と笑ってワインを飲み干した。

 私も、別になにもないのだった。

 何もないのに、なにもないことに乾杯できる私たちはとてつもなく幸せなのだろうと思って、私も笑った。

「明日もなにもないよ。乾杯しよう」

 口元からひとすじワインが垂れた。
 私は汗をかいていて、それと混じってシャツに染みた。小さな紅の点がじわじわと小さく広がった。
 
 何かの証のようで嬉しくなったので、私はもう一滴落としてみた。

 紅いワインが滲み、同じような頬をした彼が目の前にいる。

 良い週末を。

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