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0311_正しい人

 夜風が気持ちよかった。まだ少し冷たいそれが私の頬や首筋をかすめる。無意識に身震いをした。隣りにいる佐和田が私の襟元を正してくれる。

「君はよく、襟が中に入ってしまうね」

 私は自分の襟に触れ、そうかなぁとつぶやく。すでに正しく直されたのだから、触れても分からないのだった。見ると、佐和田のシャツの襟元はヨレの1つもなくきれいなものだった。ついでにその肩や胸元、上着の裾やズボンのプレス跡を目で追うが、やっぱりそれらも綺麗だった。人は見た目が······と言うつもりはないけれど、一理以上の何理かはその通りあると思う。

 人は、清潔で正しい人に触れたいと思う。

 これは私だけではないだろう。きっと、誰でもそう。

 私は佐和田の頬に触れてみる。彼の頬もどこかヒヤリとしていた。

「まだ寒いね」

 そう言った彼の正しい襟元は、その首に冷風を当てさせてなるものかとぴしりと立っているのだった。また、風が吹くき、彼の前髪が揺れる。手でそれを整えると、その手が私に伸びてくる。

「ああ、また襟がよれてしまったね」

 襟が正される。もう一方の暇をした彼の手が、私の首筋をなぞった。

「いつも襟が折れてしまうから、首元が寒いでしょう」

 そのまま、私の首筋に顔を寄せ、そこに口づけた。「ねぇ、これなら温かいでしょう」彼は言い、私を抱きしめた。

 私と彼とではきっと清潔さに大きな開きがあるのだろう。私の襟は折れ、彼の襟は立つ。彼はいつだって、丁寧さと清潔さが、すべて正しいと思わせる。佐和田は、丁寧で清潔だけど、私にとって決して正しくはないはずで、私はいつも困る。困るのに。

「今日は、家、誰もいないから」

 そう言って、私から離れた。ニコリと笑い、「僕のところへおいで」と言う。私は逆らえず、つい、その手を取ってしまうのだった。

 守るものがいくつもある正しい人に、私は付いて行く。
 まだ冷たい風が吹き、彼の清潔な石鹸の匂いがした。私も正しい人になったのかと錯覚する。

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★著者:あにぃ

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