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0728_推します

 推しのライブに来ている。
 7月も後半、夏が助走に入り、8月に向かっている。そのせいで夕方でも蒸し暑い。物販でグッズを買うために、ライブ開始時間の数時間前から会場にいて、列に並んでいる。目当ての限定アクスタが買えればそれでいい。販売開始の1時間前に来たというのに、すでに100人近く並んでいるのだから恐ろしい。

 私は、ちゃんと推せているのだろうか。この、私の前に並ぶ100人ほどには推しを本気で愛せてはいないのではないかと、こういう時にはいつもへこむ。好きなものやことにさえ、1番になれないのだなと思う。
 1番なんてそうそうなれるものではないし、きっと1番のひとはそのために我慢や犠牲になるものもあるのだろう。そう思えば、私は今の生活でのこのくらいのバランスで丁度いいのだから、101番目でも十分。適当である。私はこれでいい。
 そうでも思わなければ、私は全てに自信がなく、俯くしかなくなる。

 なんとか目当てのグッズは手に入れた。ライブが最大の目的であるが、一旦の目的が達成されたようで、私の気持ちはホクホクと温かい。ライブ開始まではあと1時間ある。近くでお茶でもしようと周りを見回した。ファンだと思われる人たちがそこここで固まっている。楽しそうに手元を動かしていて、手元でのやりとりはグッズのそれと思われた。ああ、トレカや缶バッヂの交換か。いつもの光景である。
 私は、他のファンの人たちと交流をしない。知り合いにさえ気を使って疲れてしまうので、それがファン同士とはいえ知らない人とのやりとりは余計に疲れてしまうのだ。

「あのっ」

 交換スペースを横目にカフェに移動しようと思っていたとき、声を掛けられた。

「Aくん推しですか」
「え、あ、はい。そうです」

 なぜそれを?とは思わない。私の格好はAくんの衣装ママである。推しだと思うのが妥当だ。声をかけてくれたその人を見ると、鞄についているストラップからすぐにわかった。

「Cくん推しですか」
「そうです。あ、それでAくんの缶バッヂが当たって、もしよかったらお譲りしたいなと思って」

 少し気恥ずかしそうに彼女はそれを差し出してくれた。
 私はすでにそれを持っている。
 けれど、私は笑えた。

「嬉しい!ありがとうございます。もしよかったらCくんと交換ではどうですか」
「え、お持ちなんですか?わー嬉しい!ぜひぜひ」

 そう言って、彼女も微笑んでくれた。
 私は鞄の中からA4サイズのクリアケースを取りだし蓋を開けて見せた。

「今回のも前回のもありますので、お好きなもので交換しましょう」
「わ、すごい!たくさんある」

 そうなのだ。私は、ファンの人とは極力接しない。気を遣うし疲れてしまうから。でも、交流したくないわけではなく、いつか、勇気が出たならばと思って、その日を待っていた。そのためにこれまでの物販で出た最推しではないメンバーのあれこれをケースに入れてイベントの度に持ち歩いている。
 その日が今日だった。

「衣装も着られているし、グッズも多くお持ちだし・・・・・・」

 彼女は私の衣装をまじまじと見て言う、「すごいファンなんですね」私は私ではない人にそんな風に言われたことがなく、思わず顔が熱くなる。

 もしかして私は十分ファンしているのではないか。

「はい、Aくん大好きで・・・。Cくんもいいですよね、可愛くて」
「そうなんですよ!あんなに背が大きいのに性格は可愛らしいと言う・・・・・・」

 図らずも、ファンの人と交流した。
 101番目のならび順ではあったけれど、私はこの人と同じで、ちゃんと推せている気がする。

 Aくん、好きすぎてしんどい。

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