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5月27日 背骨の日

(いつもより少し長めです※2400字程度)

 6年と6年。

 私が以前の仕事を続けていた年数と今の仕事を続けている年数がそれであり、私は今年37歳となる。

 新卒で今の会社に入り、研修期間が過ぎるとある部署に配属された。そこは人前に立ち、自社商品のPRを行う部署だ。

 同じような同僚が10人も20人もいて、ある種の学級みたいだったかもしれない。先生に教わった商品を皆で観察し、仕組みや魅力を分かち合う。仕事と言うなら、それらを自分のものにするべく各々が工夫して取り込むことだろうか。それも、直接会社の利益になるわけではないから、何とも言えないな。

 自分で作ったわけではない商品を、自分で作ったように愛し、それを伝えるのが当時の私の仕事であった。そしてそれはとても充実していた。

 そう言う意味では商品を作る能力も専門技術も専門技能もいらない。ただ、自信を持って人前に立つことだけが私の仕事であった。

 と、思っていたのは私だけかもしれない。もしかしたら他の同僚たちはきちんと先を見据えてそのころから専門技術を磨いたり勉強をしていたかも知れない。

 そうしなかった今の私の視線の先には、いつも砂利のような地面ばかりがあるのだった。

「猫背になってるよ」

「あ、ほんとだ。ごめん」

「……別に謝るものでもないけど」

 久々に会った元同僚は以前にも増して忙しいようだった。昔と変わらず人前で話す仕事ではあるが、その話の素材となる商品は今では彼女自身が手掛けたものである。昔とは大きく違う。

「じゃあ13時にまた」

 彼女は軽く手を上げると颯爽と去っていった。私はその背中に手を振った。今年の新人向けに研修を依頼しており、このあと13時からそれが始まる。

 6年前、私は出産を機に以前の部署を離れた。現在は人前に立つことはなく、所謂事務仕事がメインである。仕事自体に不満はないが、事務的な専門スキルもなく手際が良いわけでもない私は、復職してから少しずつ少しずつ背中を丸めている。

 視線の先は砂利。


「それでは、13時になりましたので研修を始めます。本日担当しますのは、篠崎です。よろしくお願いします」

 先の同僚が挨拶をし、礼をした。私もこんな感じだったかと思いながら見ていると、彼女が視線を合わせて私に微笑んだ。

「最初の研修なので、最も大切なことからお伝えします。佐伯さん、ちょっと手伝ってください」

「え、私ですか?は、はい」

 急に指名され、慌てて前に向かった。

「佐伯さん、名前だけで良いので自己紹介をお願いします。お客様の前だと思って」

 そう言われ、戸惑いはしたものの、名前だけで良いのかとホッとした。

 深く息を吸い、胸を張る。口角を上げ、前を向く。そして私は背筋を伸ばす。

 背骨をぐっと、天に向ける。

「お世話になっております。佐伯と申します。本日はよろしくお願いいたします」

 挨拶し終えてから、再度背筋を伸ばし、ゆっくりと礼をした。これでいいのかなと思いながら頭を上げる。すると目の前の新人たちはどこか少し驚いていた。そしてやっぱり、キラキラした目で私を見ているのだった。

「佐伯さん、ありがとうございます。とても綺麗でした」

 そう言われ、私は戸惑いつつ会釈する。

「皆さん、今の挨拶が正解です。佐伯さんは私と同じ部署にいたので、彼女もやっぱり同じように人前に立って話をしていました。だからすでに身についているのだと思います」

 身についていると言われ、私も少し驚いた。今の挨拶に特別意識したことはない。あくまで私の知る挨拶をしただけなのだ。

 それは私のこれまでが身についていると言うことなのか。

「つまり、これもスキルです。現場を離れても、そこで身につけたものはちゃんと残ります。そして挨拶と言うのは、この部署、この会社だけで必要となるものではなく、世界中どこに行っても必要なスキルだと思っています」

 キラキラとした表情で彼女は続ける。

「第一印象と言う言葉があるように、一番最初の印象は残りやすいものです。そして一番最初とは恐らく挨拶をするときだと思います」

 彼女の話を新人たちもキラキラした目で見ている。最も大切なことを身に着けようとどこか前のめりでもある。

「その挨拶を自然と綺麗な姿勢で出来るようになると、いつだって第一印象は良くなると私は思っています」

 彼女はそう言うと、にこりと笑い、横を向く。

「だから、これを覚えておいてください。挨拶する場面になったら背骨をピンと!」

 言うと同時に背筋を伸ばし顎を引く。

「そしてこの姿勢の挨拶で始め、この姿勢の挨拶で終わります」

 はい、立ってみましょうと彼女が言うと、待ってましたとばかりに新人たちも立ち上がる。

「自分なりに背骨をぐっと上に伸ばして見てください。でも腰を反りすぎないで、顎を引いて」

 彼女はあるき出し、再び私を見た。

「佐伯さんもちょっと見て回ってください」

「はい」

 言われたまま、私も歩き出す。

 もちろん、背骨をまっすぐに、前を向き歩き出した。

「勉強や資格などももちろん大切だし、必要ですが、お辞儀や挨拶、マナーなどの身につける一生もののスキルはきっと自信になります」

 彼女が言い、私の背筋はさらに伸びる。


 そう言えば、背中を丸くすると、そのせいで自律神経が圧迫されて気分が落ち込みやすいらしい。いつだったか、ネットの記事で見た気がする。そんなことをふと思い出し、何故か納得した。

 ああ、私はこの数年ずっと猫背だったのだ。

 自信も何も、前を向くことさえしていなかったのだ。私にはちゃんと一生モノのスキルがあると言うのに。

「背骨をピン!」

 あちこちで小声で聞こえるその声に、私も思わず姿勢を正す。

 私は6年でそれを身につけ、6年それを忘れ、今、また思い出す。

 前を向く、息を吐いて吸う、胸を張る。色々気をつけるところはあるけれど、まずは一つだ。ただただ、背骨一本伸ばす。

 背骨は、自信だ。

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【今日の記念日】

5月27日 背骨の日

北海道札幌市の「一般社団法人背骨コンディショニング協会」が制定。肩こり、腰痛、膝の痛み、内臓の不調など、さまざまな症状は背骨の歪みから発生することが多い。これらの症状を背骨のコンディションを整えることで改善し、健康になってもらうのが目的。日付は背骨は腰椎5個、胸椎12個、頸椎7個から構成されており、それを並べた「5127」の1を/(スラッシュ)に見立てると5/27となることから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

 

 

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