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0701_唇に汗

 額にはべたつく汗が滲んでいた。7月に入ったとて、梅雨であり夏ではない。夏ではないのに湿度が高い分、夏より暑い。
 繋いだ手にも汗がある。

「変なお願いをしてごめんね」

 私が言うと栄生は表情を変えず、少しだけ頭を横に振る。

「こんなことであれば何ということもない」

 そう言いながら、私の手を握るその手に力が入る。お互いの指の合間から、どちらのものかわからない汗が滲み出ていた。どっちのそれでもいいけれど、二人の汗が混ざっていたらいいのに。そんなことを思って、私の手は熱くなる。

 栄生は今日、私の兄になる。
 私たちの親が再婚するのだ。聞いてもいないのに、7月1日が付き合った記念日なのだと、私の母が言った。
 私と栄生は同じ学年で、ことさら仲が良い訳ではない。中学2年になるまでに、小学校や中学校で何度か同じクラスになった。それだけ。それだけだ。

「あとは何かないかな。栄生はある?」

 あとわずかな距離を歩いて、栄生の家に着いたなら、私と彼は家族になってしまう。別になにも問題はない。問題はないと思うけど、問題にならないよう、今、『しておいた方が良いこと』を必死に考えている。
 私だけが。

「俺はないかな」
「本当に?あと少しで家族になっちゃう」
「でも血は繋がっていないしねぇ」
「それでも・・・・・・」

 私が言うと、栄生は少し驚いた顔を見せた。
 そらそうだ。栄生は私をなんとも意識していないのだから。

「じゃあ」

 栄生は、繋いでいた私の手を放した。持っていた大切なものを、不意に何かに気を取られて手放したような、軽く、ポイっと。
 それがどうにも、私と栄生の未来がもう繋がることがないように思えて、栄生の手が私の手を離れたその時、私は泣いた。

 私は、栄生が好きだった。

 その物静かな佇まいも、近い人に見せる笑顔も、話す言葉の最後に「~だしねぇ」と少し困ったようにいう言葉も、私は小学校の頃から栄生が好き。

「キスでもしておこうかねぇ」

 離した手は、私の頬に触れた。やっぱり汗が滲んでいるのだった。私が驚いていると、栄生は笑った。

「家族になってもさ、愛情の種類が少し変わるくらいだから俺は別になにも変わらないと思っている。でも、まぁ、これに乗じて好きな人とキスでもしておきたい」

 そんなことを言って、私の唇に触れた。

 唇もまた、汗をかくことを初めて知った。
 まもなく、私たちは家族になる。

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