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0729_大金はいらない

「私ったら、大きな夢は見ないでおこうと思うの」

 椎名がまた夢見心地の表情をしてそんなことを言った。青柳は、ふぅん、といった風にちらりと椎名を見てから鼻で笑う。

「ついに夢など諦めたというのか。それは賢明な判断だ」
「やだわ、『大きな夢』をみないということであって、『夢』はみるわよ」
「大きいも小さいも夢だろう」

 青柳が言うと、今度は椎名が小さく鼻で笑った。いや、鼻でなど笑えなかった。不器用な椎名は、ふふっと頬をあげて普通に笑った。

「いいことも悪いことも、毎日ずーっと続くことってないでしょう。それがとくに大きな夢みたいなことであれば尚更だわ」

 椎名はまるで過去の悲しい出来事を思い出したように、少しだけ俯いた。そして、その過去のことはもういいのだと言うように、今度はぐっと上を向く。椎名の視線の先には、まだ明るい夕方、夏の大空がある。

「だから、続くことが難しい大きな夢を追うのではなく、小さくても幸せなことをたったの1つ、毎日見つけていくの。ずーっとよ」

 そう言うと、青柳は居心地の悪そうな顔をしながらも考える素振りを見せた。少しして、口を開く。

「今日100万円もらうよりも1万円を100日間もらう方を選ぶってこと?」

 椎名は嬉しそうに笑って頷いた。青柳は続ける。

「でもやっぱり100万円を、ドーンと貰うほうがいいなぁ」
「でも、それは100日も続かないわ」

 それはまぁ、確かに。そう言って青柳もまた空を見た。

 夏の空は夕方でも明るく爽やかである。
 確かに、この大空を1日中見るよりは、時々見上げて空を感じるほうが幸せは長持ちする。

 今、幸せで、明日もまた幸せがある。
 椎名はそうすることにして、空に笑った。


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