0415_生きる実感
21時を過ぎていた。
日中には見ることができない、21階のオフィスから見るライトアップされた夜景は悲しいかな、とても綺麗。オフィスには21人が残っていた(多分、数えていないけど、そんな感じ)。
「なんだろう、なんだろう定時ってなんだろう」
向かいの席の近藤さんがぽつりとつぶやいた。
「仕事をするのに定められた時間ね。本来、今は仕事をしない時間なはずだな」
近藤さんの席のとなりの山口さんが言う。お返しとばかりにそのまま続けた。
「なんだろう、なんだろう、残業ってなんだろう」
今度はそのとなりの川村さんが反応する。
「残る業務だよね。残る業務なんだから残して明日やればいいのにな」
川村さんが言うと今度はその向かいの斎藤さんが頷きながら口を開いた。
「なんだろう、なんだろう、仕事ってなんだろう」
斎藤さんが言うとそのとなりの沢田さんがカタカタとキーボードを小気味良くならしながら続ける。
「生きるために必要なもの、だな。でももう必要に足りている気がする」
そう言うとキーボードが止まり、沢田さんの視線が僕に向く。ように感じる。察しの良い僕はちゃんとそれに答える。
「なんだろう、なんだろう、生きるってなんだろう」
そういいながら、開いていたファイルを保存して閉じ、勤怠簿を付け始める。ちらっと向かいの席やその斜め前、となりの席などを見ると同じような画面を開いている。
ガタン、と音がしたのはとなりの島の課長席。
「生きるって、仕事をして飯を食い、風呂につかり布団に入って、今日も生きたなと実感することだ。さあ、みんな、帰るぞ!!」
課長がそう言うなり、一斉に皆が立ち上がった。
時計はまもなく22時を示しており、相変わらず今日も残業最終時刻は安定だった。
奇しくも、私はこの帰宅のタイミングにもっとも生きていると実感するのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
18時からの純文学
★毎日18時に1000文字程度(2分程度で読了)の掌編純文学(もどき)をアップします。
★著者:あにぃ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?