10月13日豆の日
父は枝豆が好きだった。
ざるいっぱいに茹でられたほくほくの枝豆。いい塩梅になったそれを食卓に持ち、テレビを見ながらビールを飲む父のために、私はサヤから豆を剥き出すのだった。
小さい頃、お手伝いをしたいと申し出た私が、母に託されたのがこの豆を出す仕事。今考えると、手伝いたい娘と、手伝わせてあげたいけどその余裕が無い母との折衷案だったのだ。
父は毎週金曜日と土曜日の夜に決まって晩酌をする。つまみも決まって枝豆とさきいかの燻製。
「1番楽な夜だからね」
なるほど、金曜日と土曜日の夜は楽で解放的である。けれど私が豆を取り出していた頃はそんなことは分からず、もちろん晩酌が心地よいものなのかも分かっていないので、いつ飲んで食べてもいいじゃないかと思ったものだ。
父の晩酌に合わせ、私の仕事は自動的に金曜日と土曜日の夜となる。ほとんど毎週だ。慣れて親しむころには、食事のときに箸を並べることと同じ程度に馴染んだ。私も父も、好むと好まざるに関わらず、そういうものだと思うようになり、母もきっとそう。
私が高校3年生の春休み、卒業最後にと友人と旅行に出掛けることになった。そのために金曜日も土曜日も晩酌時刻には家にいられない。私はどうしようかと父に持ちかけた。どうしようかもなにも、2泊3日でその時間にはいないのだからどうしようもないし、そもそも枝豆のサヤ係がいないところで、全く問題はないのだ。けれど私は父に言う。
「私、どちらの夜もいないんだよ。枝豆、剥いておこうか?」
問いかける私の真剣な顔に、父は驚きながらも笑った。
「そんなことしなくていいんだよ。お前も私も、もういい大人なんだから」
少しだけ赤い顔をして、可笑しそうに笑う。私もようやく、そうかと理解する。
私はずっと、父と母のお手伝いをしていた。そしてもうお手伝いの年ではない。
私も父につられて頬が火照る。照れ隠しに口を開いた。
「お父さんはあの頃もいい大人だったでしょ」
負け惜しみのように言うと、父はまた笑う。今度はとても優しく、まるで小さな子供が目の前に居るように微笑む。
「あの頃はお前と一緒に成長途中だったからね。いまやっと、いい大人だよ」
父は、目の前にあの頃の私を見ていたのかもしれない。私も頷き、私の枝豆仕事はこの時終了した。
はずだったのだが、私は今、サヤから豆を取り出している。
「ママ!これでいいの?」
花が嬉しそうに手の中の豆を見せてくれた。随分皮がよれよれになっているけれど、綺麗に豆が取れたようだ。いいね、と私が笑うと、今度は隣の彩がムキになって山盛りの豆の皿を見せる。
「私もうこんなに出来た!」
最近はサヤを唇に挟んで食べるばかりだったので、昔のように手でサヤから豆を取り出すのは久々だ。何だかちょっと楽しい。
父と母が私にくれた仕事は脈々と娘達に繋がっていて、私はあの時の父と同じようにこれからこの子たちと成長して行くのだと思ってほくほくしている。
第2弾の枝豆を茹でようと、私は立ち上がる。窓の外には綺麗な丸い月。父の晩酌分の少量とは違い、今は山盛りの枝豆を剥く。
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【今日の記念日】
10月13日 豆の日
陰暦の9月13日には「十三夜」として名月に豆をお供えし、ゆでた豆を食べる「豆名月(まめめいげつ)」という風習があったことにちなみ一般社団法人全国豆類振興会が制定。日付は暦どうりの「十三夜」とすると毎年日付が大きく変動してしまうので、新暦の10月13日とした。豆類に関する普及活動などを行う。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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