0325_記憶
鮮明に思い出されるのは、しっかりと自分の明日で立つ父の姿だった。
父は頭が痛いと訴えていた。母は、父のその姿を見て直感的に只事ではないと思い、なんの迷いもなく、キッチン横の電話台から固定電話の子機を持ち、救急車に電話をした。すぐに来ると言う回答に安堵したものの、父の様子には不安が膨らんだ。
「まだ意識はある」
強がっているのか、父はそう言ってうっすらと笑って見せた。その頬の引きつりから、意思を持って体のどこかを動かすだけで頭の痛みが強くなるのだろうと思わせた。母は声をかけ続け、程なくして救急車がやってきた。
「大丈夫です。ほら、動けますし、歩けます」
頭痛に顔を歪ませながらも、大丈夫であることを救急隊員に伝えるために、しっかりと二本足で立ち、両手を胸の前に伸ばし、手のひらを広げ、次には拳を造る。何度かそれを繰り返し、意識はしっかりあるのだと伝えた。それでも、担架に寝かされ、病院に向かう途中で意識は失った。
かくして、父は、くも膜下出血であった。幸いにも、腕の良い医師のおかげと父の自慢の生命力の強さで一命をとりとめ、なんと後遺症もなく、あれから15年が経とうとしている。
「ほんとに、あの時はびっくりした。どうなることかとめちゃくちゃに怖かった」
私は頭の中で回想し、肩をすくめて言った。どこか、興奮さえしていたかも知れない。何の話の流れだったのか、当時の話をし、私は本当に、父はどうなるのかと恐怖したのだった。
でも。
私の目の前にいる妹が不思議そうな顔をして言った。
「でもさ、あなた、その場にいなかったよね。そこにいたのは私で、その記憶は私のだよ」
言われてみれば、と思い返してみるが、私の記憶はどうしたって鮮明だった。
こんなふうに、記憶が交じることがある私は、本当にここに生きているのか、それが不安でならない。
私の記憶は本当に私の記憶だろうか。
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★著者:あにぃ