0526_私の成分
そっけない夕方だった。
18時ではまだ明るい空であり、その日は終わらないかのようである。私と品川は駅にいた。帰宅時である。
「そういえば、A社の近藤さん、品川くんの対応が丁寧だったとおっしゃっていたよ」
「え、そうですか。ありがとうございます。僕はいつも佐々木さんの真似をして対応しているんです」
「私の、ですか」
「はい、佐々木さんの対応をいつもお手本にさせてもらっています。これは入社当時からです」
品川が入社したのは10年前である。そんな時から私を見本にしてくれていたのかと思うと素直に嬉しかった。もちろん社交辞令であることを加味して、それを差し引いた上で、嬉しかった。
私よりも10歳も若い彼だが、現在は30歳を過ぎ、営業のエースとして社に貢献している。彼の入社当初に同じ部署に所属していたこともあり、私が彼のメンターであったことは事実である。でもそれも入社から2年もすれば彼は花形部署へ飛び立っていった。一方の私は、ずっと同じ管理部門で仕事をしており、彼と会うのは廊下ですれ違ったり事務処理で必要に応じたときのみだ。今日、駅のホームで会ったのも、いつ以来だろう。私は確かに胸をときめかせていた。
「入社の時に、佐々木さんに面倒を見てもらって、僕の基礎は佐々木さんで出来ています」
「人を成分みたいに言ってくれるな」
目の前の線路に通過電車が入ってきた。電車の顔が間近に迫ってくるようで、それが妙に怖く、早々に目をそらすと、そこに品川がいる。
「久しぶりに顔が見れて良かった」
緩やかに微笑まれ、やっぱりこちらも目を逸らす。
彼が同じ部署を離れてから8年、私はこの時間をかけて彼への気持ちを消化させていったのだ。今になって揺り戻したりしないで欲しい。
「ねえ、佐々木さん。本当に、顔が見れて良かった」
ゴゥっと言う通過音が、電車と共に間近に迫り、耳を刺す。全身に響くようなその音が、果たして電車の音なのか私の心臓の音なのか区別がつかないでいる。
「まだ18時ですね」
「そうだね」
「少し、僕の部屋で飲みませんか」
電車がやっと通りすぎ、彼の顔を見る。
視界が開けたからか、18時の空が広がり、やっぱりまだ明るい。ざわざわとホームにいる人々の声が聞こえる。それなのに、どこか膜が張ったように私と彼をなにかが包んでいるような、少しだけ遠い声に聞こえた。
「また、あの頃みたいに遊びませんか」
そう、彼が私の耳元で囁くと同時に私たちの乗る電車がホームに入る。扉が開き、一歩踏み出した視線の先、電車の窓から見える空を見ると、やっぱりそっけない空で、胸がいっぱいになる。
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18時からの純文学
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★著者:あにぃ