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0801_気づけば

 夏になったと、誰か教えてくれただろうか。

「暑いね」
「そりゃ夏だからね」
「8月とか。早すぎでしょ、1年」
「気づけば定年だわ」

 昼休みに仕事がなかなか終わらず、時刻は15時を回っていた。さすがに空腹に耐えかねて、近くのコンビニイートインで軽食を取っていた。山岡が外回りから帰ってきたところで、彼もまた昼休みを逃していたらしい。一緒に今、おにぎりを食べ終えて、かき氷パフェなるものを食べている。冷たいものを食べながら『あついね』というのは、なんだか体内温度が鈍って気づいていないようで少し虚しい。

「川渡は定年までいるの」

 川渡は僕で、それは山岡からの急な質問であった。僕らは同期で、新卒入社からまもなく20年が経つ。他に同期は10人いたが、すでに僕ら含めて4人しか残っていない。

「多分。40越えると転職も難しそうだしね。山岡は?」
「俺はね、今月末で辞めることにした」

 ティリリリリリン♬と音が鳴り、客が入ってくる。妙に快活な店員がいらっしゃいませ!と出迎える。外の生ぬるい風が一緒に入り込む。その風では聞き逃せなかった。

「急だね」
「うん、今日、起きた時に決めた」
「転職先は?」
「まだ、なにも。今から急ピッチで探すけど、思うところが見つからなければそれでもいいやと思ってる」
「それは不安じゃないの」

 暑いという割に爽やかな笑顔であったのは、もう決めたからだろうか。

「不安だよ。でもそれでもいいやって思って」
「無計画すぎないか」
「うん、計画的に無計画にしたんだ。俺はね、色々と全力でやるよ。転職するかどうか、ここに居続けるかどうか、考えてしまえばそれはもう真剣に考えるよ。で、気づけば」
「定年」

 なんとなく、山岡のいうことが分かって思わず口に出た。

「なんか、そんな全力、あってもいいんだろうけど、もう疲れたなと思って。気づけばの前にちょっと動きたくなった」

 山岡は食べ終えたかき氷パフェの容器をゴミ箱に入れる。店員がテンション高く、ありがとうございました!と言った。

「川渡も早く気づくといいよ」

 そう言って、お先と手を上げて店を出る。店員がまたありがとうございましたと言った。

 暑い夏などあっという間で、いつ始まっていつ終わるのか、誰も正しくは知らないのだ。夏が終わるまでに海も祭りも行っておきたい。気づけば秋になる前に、僕も店を出ることにした。
 生ぬるい風とテンションの高い店員が、僕を押し出してくれた。

 気づけば16時である。

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