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0804_一歩

 この一歩を踏み出すことがどういう意味をもつだろう。 

 生まれてからこの生涯を閉じるまでに、私は何度幸せを感じたことだろう。
 何度の悲しみを感じ、何度の理不尽に味わい、怒りを覚え、その先の幸せを、結局何度噛み締めたのだろう。

 私は父と母の思いに沿った生を全うできただろうか。
 彼らが、とりわけ母が、その腹のなかに私を感じ、生まれるまでの数ヵ月をどのように過ごし、私を迎えてくれただろうか。
 私が覚えていない記憶のなかで、母も父も笑っていてくれただろうか。いてくれただろう。
 
 私が名実ともに歩き始めたときには、驚きと共に喜びをもってくれただろう。その危なっかしさには、恐らく緊張もあったかもしれない。

 そうして、私が一歩を踏み出すその時々に、父も母も多分に私を想ってくれたことだろう。
 その愛は、生まれてきたそのとき以来、少しも熱を下げることなく、私にとって灼熱のごとく心を焦がし続けてくれた。私の心は、きっと鉄やなんかの金属で出来ていて、どんなに業火にこがされても失くなることはない。ただ溶けて、変形を見せるだけである。その変形が、時にはつるんとまんまるとなり、時には綺麗な正方形になったりもする。そうして時々は、鋭い棘が形作られることもあるのだった。

 その棘に触れてくれることもあり、幾度か父と母を傷つけてしまったことだろう。

 ごめんなさい。

 傷つけてしまったのに、それでもその傷口をもってして、私の棘を抜いてくれるのは、やはり父と母なのである。そうして棘の抜けた私の心は、綺麗なまんまるとなり、やがて穏やかにその円形を変形させる。

 私は、私の心のそれのように、穏やかで幸せであったと言えるだろう。
 だから、このまま、幸せの方が多かったのだと言えるギリギリの今のままで、いっそ全てを閉じてしまいたい。そう思って、私はここにいる。

 一歩を踏み出すか踏み出さないか。

 もう何時間もこうして立っているのに飛べやしない。
 頭の中には父と母ばかりが浮かび、私は思わず笑った。

 私が一歩を踏み出すその時々で、父も母も私を想ってくれている。
 踏み出さないその時には、私が父と母を想うのだった。

 飛ばない。


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18時からの純文学
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★著者:あにぃ


※完全なるフィクションです。著者の心理状況ではありませんので悪しからず。私は元気です。

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