0727_お前がある
柳原あきは、いつでも存在を確認したがっている。
したがっているというか、実際に確認している。
「今日も水川がいる」
職場に着くなり、既に出社していた俺を見ては早速確認する。俺という存在があることを。「急にいなくなったりしないって」と、俺が言って、そこまでがいつもの流れである。それでも、柳原は毎日のことながら不安そうな顔をする。彼が確認するのは多分、両親のことがあったから。
高2の夏休み、ある朝急に両親が居なくなったという。おはよう、とリビングに入ってすぐに違和感を感じたらしい。子供が高2であれば、両親2人で出かけることもあるだろう。不思議なことではない。けれど、その時は妙に嫌な予感がしていたという。
「全部の部屋を回ったよ。そもそもそんなに大きな家でもないから5分もかからなかった。2人とも、いなかった」
「連絡はしたのか」
「した。繋がるんだよね、でも、出ない」
当時を思い出したのか、柳原は悲しそうに俯いて見せた。その時に話したのはそれだけで、その後も何度か少しずつ話を聞いた。両親は生きていて、各種支払いはされているらしく、仕送りもある。高校を卒業して大学にも行けたそうだ。
ただ、両親があるとき急にいなくなった。
それだけなのだ。
「もしかしたら僕は不幸ではないのかもしれないから、あまり言うことでもないんだよ。でも」
そこで言葉を区切り、柳原は少し困ったように笑った。
「理由や原因もわからずについ昨日までそこにいたもの、あったものがなくなることが僕にとって大きく不安になるんだよ」
だから、確認せずにはいられないという。
俺は柳原にいったい何がしてやれるだろうか。
自分の身の回りのものの消失を恐れている彼に、俺ができることはあるのだろうか。結果、俺が彼を救ってやれることなどないのだと思う。だから、俺も彼と同じ不安を共有することにした。
「お前の生存は俺が毎日確認してやるよ」
これから毎日、毎朝、俺は不安になる。
お前がちゃんとその日もそこにいるのか。
それはお前の不安には及ばないことだろう。
けれどそれでもいいから、お前と同じ気持ちを持ちたいと思う。
そして、ちゃんと確認ができたときの安心と喜びを毎日一緒に分かち合いたい。
そしていつか、柳原の全ての確認が、お互いの確認だけで済むようになればいい。
そのときまで俺は、毎日不安でいいよ。
だから柳原は、毎日安心してよ。
今日も川がある。
今日もお前がいる。
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