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0530_鍵を閉めて

 雨が降っていて、ドアはまた開いていた。
 鍵はかけず、ほんの少しだけ閉まっているけど閉まってはいないというように。

「誰かがいつか来てくれるかなぁと思ったのよ」

 祖母は言った。
 誰かと言っても、泥棒が来たらどうするのかと聞くと、泥棒でも良かったのよととても寂しそうに笑った。そして、泥棒が来る前にあなたが来て、それでドアを閉めることができてよかったと言う。ありがとうとも言った。手を差し出され、そうすると私も手を差し出し、ぎゅっと握られた。力無く、その指はシワシワだった。ぷっくりとした肉は見えず、肉のないたるんだ皮が小さく波打っている。
 祖母は弱々しくはあったけれど、必要に足る食事や水分はしっかり摂取しており、肌は艷やかである。もともとの色素の薄さも相まって、赤ん坊のようでもあった。実際に、不意に目が会った時には照れているのか、へへへと笑い、頬を紅潮させるのだが、それが赤ん坊のそれに似ているとよく思う。可愛らしいと言っていいだろう。

 こんなに可愛らしいのだから、もっと見つめてあげれば良かった。つやつやと柔らかく適度に湿っていて温かくも冷たくもない気持ちの良い手を、もっとぎゅっといつだって握ってあげれば良かった。

「こうしてたまに顔を見せてくれるだけでいいのよ、遠いんだから、ね」

 祖母はそう言ってまた、私の手をぎゅっ、ぎゅっと握る。おにぎりみたいに。
 祖母は元気である。幸いにも病気ではない。足腰も割としっかりしている。散歩にも2日に1回は行くらしい。食欲もそこそこにある。趣味だという折り紙は毎日毎日折っている。ほどほどに充実していると言う。私も、祖母と話していて、それなりに充実しているのだなぁと感じている。

 でも、それはそうとして、確実に老いてきているのだとも感じている。肌の皺や歩く速度でもわかるが、それよりなによひ、彼女の全身から漂う寂しさがそう思わせる。たまにで良いという。覚えていてくれれば良いという。会う頻度や、思い出す頻度に応じて、祖母は段々と弱々しくなっている気がする。

「泥棒が来ないように、私が来るから、鍵をしめて待っていて」

 私がそう言うと、ありがとうねと、また笑顔をクシャクシャにして言った。その目頭には目ヤニが付いていて、目尻には大きな涙があった。


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