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0627_いけない異臭

※あまり綺麗でないものが出てきます。苦手な方は読まないことを推奨します。
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 また、異臭がした。

 不倫をしていた20歳の頃、私の尿から異臭がしていたのだった。私だけがそれを知る。青酸カリがアーモンド臭を放つと言うのは聞いたことがあるが、私のそれも、アーモンド臭のようなものだった。まさか青酸カリが私の体内にあったわけもないし、アーモンド臭を嗅いだこともないから同じかどうかなど分かるわけないけれど。不思議なのは、不倫相手と体を重ねたその後の排尿で匂い、そうでない日は特に違和感のある匂いはしないのだ。まるでそれが正しいのだというように。
 きっと、私の彼氏なのか不倫相手の奥さんなのか、はたまた全く別の誰かなのか、私に恨みを持つ人の念のようなものが匂いとなって染み入ったのだと思う。それもちゃんと『そういう行為』をした、分かりやすい不貞行為のときに限って。私はこれまでずっとそうだったのだと思っている。

 あの頃、誰にもバレたことはなかったんだけどなぁ。そう思って、私は排泄した尿の、こみ上げる匂いを嗅いだ。あの頃から10年が経った。
 また、異臭がする。

 私は今、不倫も浮気もしていない。ちゃんと彼氏を定め、その一人とだけお付き合いをして、『そういう行為』をしている。かれこれ2年付き合っている。間もなく30も半ばになるから、そろそろ結婚かなぁ、なんて話も出ているほどに緩やかに順調なのである。

 だのに、なぜ。

 久々の異臭が鼻をつき、眉間に皺を寄せた。

「どうしたの」

 トイレから出た私に彼が言う。

「体調、良くない」
「そうなの?さっきケーキ食べ過ぎたからじゃない?」

 そうじゃない、も思いながらも言い返すのも面倒になる。

「悪いことしてないのになぁ」

 心のなかで『今は』を付けた。

「悪いことしなくても体調って悪くなるんだよ」

 そう言って、私のグラスに水を注いでくれる。
 優しい優しい彼である。大切にしようと思っている。思っているからこそ、今になって私は恐れている。

「ありがとう」
「生霊っていうのもあるしねぇ」

 私は慌てて彼を見た。
 何のことを言っている?私、何を口滑らした?知っているのか?
 考えたところで、脇と頭の生え際に汗が滲む。

「悪いことしてなくても、したことがあるとどうなんだろうね」

 彼はそう言って、トイレに入り鍵をかけた。

 もう、開けてくれないかもしれないなぁと思って、私は立ち尽くしたまま、残っていた尿を垂れ流した。

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