0719_清潔な生臭さ
抱き合うと、生臭いと言った。
人肌に触れて、温かいでも安心するでもなく、「生臭い」が彼女の感想だった。至って普通の体臭であると思っていた私はショックを受ける。
「どのへんが?」
あくまで冷静に、取り乱すことなく平静を装って。
「なんだろう。全部」
そう言われてはもうどこも何も隠せない。苦し紛れと手持ち無沙汰で思わず腕を曲げて匂ってみる。こういうものは得てして、自分では分からないことを知っている。
「あぁ、ごめん。生臭いっていうのは私からすれば褒め言葉です」
「分かりません」
半ば食い気味に発する私の声は強かった。それにもかかわらず、彼女は表情を少しも変えないでいる。
「私が出会ってきた人しか分からないから、限られているんだけどね」
何故か少し困ったような顔をして彼女が話し始めた。「仕方ないから教えるわね」みたいな困り顔で私は少しだけムッとしたが、それこそ仕方がないので大人しく聞くことにした。
彼女がこれまで出会ってきた人間の中で、生臭い匂いがするものはとても『清潔で丁寧に育ってきた』のだそうだ。清潔な生臭さが私にはわからないでいる。
「赤ちゃんとかさ、生まれたては生臭いと思うんだけど、そういうのと一緒なのよ。その人が何歳であろうと生まれたてと同じようにとてもきれいな人。実際、私の会ってきたそういう人たちは清潔で丁寧な育ちだった」
彼女の会ってきた『そういう人たち』とは抱き合ってそれを知ったのだろうか。
「じゃあ私もそういう人だと」
「うん、清潔で丁寧な生臭さだわ」
喜んでいいものか何なのかと思案していると、彼女がそっと私を抱きしめた。
「丁寧に育ってきたあなたのような人は、私にはとてももったいないわ」
そう言って、またゆっくりと離れた。控えめで上品な笑みを見せて、「またいつか」と言った。そのまま、私の前から去っていく。
お察しの通り、これは振られたわけである。しかし果たして優しく振られたのか、こっぴどく振られたのか、私は今日、眠れそうにない。
とりあえず、シャワーで全身を丁寧に洗っておこうと思う。
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