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10月2日「跳び」の日

 間もなく小学3年生になる息子が練習を手伝ってくれと言うので、俗に言う『つっかけ』を履いて彼の後に付いていった。何の練習なのかと小走りのまま聞くと、彼はピタと止まり右手を差し出してきた。見ると縄跳びが握られている。

「明日、勝負するんだ」

 いつもと違う真剣な顔でそう言う。くるりと背を向けてまたあるき出す。勝負とは何だ?縄跳び勝負って、随分健全で宜しい。少し笑いながらもマンション下の小さな公園に着いた。18時を過ぎれば子供もいない。じゃあ早速、と言わんばかりに結んでいた縄跳びを解いた。そしてその手は私の目の前に向けられた。

「はい、母さんやってみて」

 いつの間にか母さんと呼ばれるようになったが、言っていることはママ時代と変わらない。ママやってやってー!だ。しかし私は縄跳びが苦手である。

「えー、できるかな。なんの勝負?」

「2重跳び」

 聞いてすぐ縄跳びを返した。

「お母さん、縄跳び苦手だし2重跳び出来ないよ!」

 大人なのにウソでしょ?!とでも言ったのかと思う表情で彼は僅かに驚き、そして結構落胆していた。

「ごめんね、昔も今もできないんだよね」

 顔を見つめて謝ると、今度は何を思ったのか立って笑い出す。

「くくっ、大人でも出来ないのか」

 憎たらしい顔で笑って言うので、私は少し熱くなる。

「いいよ!じゃあお母さんもやる!勝負だ!」

 また驚いた顔を見せ、彼もいいよと返事した。とはいえ、二人とも2重跳びが出来ないもの同士なので、ちょっとスマホで検索する。「2重跳び コツ 簡単」よし、と私が探していると彼が言う。

「簡単、とか入れるから遠回りになるんだよ」

 確かにそうかもと思い、図星を突かれて笑った。簡単、を削除して再検索。

「長さ、持ち方はオッケーだね。あとは飛ぶときかな」
「まっすぐ前を向くんだよ」
「軽く膝曲げてね」

 なるほど、などと言いながら二人で研究する。いくつかを試し、失敗、試し、失敗の繰り返し。私は既につっかけを脱いでいた。幸い手入れされている公園なので大きな石や砂利などはないので、裸足になった。

 久しぶりである。大の大人が外で靴を脱ぎ、裸足になってせっせと夢中で練習するなん。そんなことここ数年、いや十数年やっていない。そもそも縄跳びが久々なのだ。まさか大人になってからやることになるとは思わなかった。息子も器用な方なので、2重跳びの壁に当たる今日まで縄跳びはほとんど一人でこなしていた。鉄棒も、水泳も。だから練習に付き合ってと言われるのは今日が初めてだった。でも、何というかとても心地良い。

「あっ」

 ヒュンっと縄が鳴り彼の頭を過ぎった。それは一瞬だけど確かに2重跳びだった。

「すごい!」

 喜ぶ私を余所に、彼は静かにもう一度飛ぶ。また、飛べた。

「出来た」

 5回ほど飛んでやっと口にする。彼の頬は蒸気していた。もう19時を過ぎていて10月のこの時間では暗くてよく分からないけれど、街灯に照らされた僅かな顔を見ると赤い。多分、私も同じ状態なのだろう。それはとても誇らしく、一緒の時間が何とも嬉しい。気持ちが弾み、私は縄も持たずにジャンプした。私もいつか2重跳びが飛べますように。


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【今日の記念日】
10月2日 「跳び」の日
「なわとび」の全国一の売上高、シェアを誇る愛知県。その愛知県名古屋市に本部を置き、なわとびの普及促進活動を行う、特定非営利活動法人「日本なわとびプロジェクト」が制定。なわとびを使って人々の基礎体力向上を図ることが目的。日付は10と2で「跳び」と読む語呂合わせで。また、なわとびは両手で持って跳ぶため、7月8日を「『なわ』の日」に制定し、二つの記念日により両方の手が「なわを持つ」イメージを表すことで、その定着を目指している。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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