
0523_本に染み
パスタを食べながら本を読んでいたら、ソースが跳ねて本に2滴の染みができた。。
慌ててペーパーナプキンを取って拭こうとしたらカフェラテがこぼれる。幸いなのはそれがトレーの上で完結したこと。
私の本には染みが残ったままである。
やだなぁと思いながら仕事に戻る。やだなぁと思いながら資料をアップロードしたら、違う資料だった。気持ちを切り替えようとして立ち上がったら、ロングスカートの裾を踏んでいたようで、ビリッと鳴る。破れた箇所が小さくて良かった。
深呼吸をして、一つずつタスクを出すことにする。正しい資料のアップロード、先方の日程確認、調整、会議室の予約、事業案を考えて、企画書作って、それで。
出せば出すほど、こんなにあるのかと泣きたくなった。
うっかり涙が落ちて、それがデスクマットの上を跳ね、小さくなったその欠片が、置きっぱなしにしていた本の表紙に付いた。慌てて拭こうと、近くのティッシュを取る際に、さっきとは逆のロングスカートの裾を破いた。
私の本には染みが残ったままである。
私の、染みだらけの本は、私の宝物なのだった。この本さえあれば、私は何とか生きていける。そう思って毎日持ち歩いている。読んでも、読まなくても持ち歩いている。染みがあってもなくても持ち歩く。この本さえあれば、私は何とか生きている。
と、思っていたのだけれど、今の私は、この本を読むことなく涙している。生きてはいるけれど、悲しみにくれている。この本さえあればと思っていたのに。
「佐伯さん、私、こっちの企画担当するので、もう一つの方だけお願いできますか。案件、たくさんになってきたので、一緒にやりましょう」
先輩が声をかけてくれた。
私は伸ばしかけていた手を戻す。
今のところ、破れたスカートは破れたままだし、この本の染みは消えてもいない。
でも新しい声がして、少しだけ大丈夫だと思えた。この本さえあれば生きていける。この本がなくても、生きていけるのではないかと、私は思っている。
染みは消えないけれど、私の涙は止まった。
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★著者:あにぃ