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卒業論文

12/7 23:40
先生から添削が返ってくる。完成しないまま放り投げるような形で添削をお願いしてしまったため、若干怒ってそうな口調のコメントがたくさんついていた。自己嫌悪に陥り泣きそうになる、

12/8 0:00
日付が変わり、いよいよ提出日当日になったことに今更焦り、結論には手をつけず推敲を始める。

12/8 1:00
推敲が嫌になり、作品分析でモチーフのために取り扱った『春琴抄』をもう一度読み始める。話が美し過ぎて、胸が苦しくなる。

12/8 3:00
フェミニズムのことを考えているにつれて、気持ちがどんどん辛くなり、涙が止まらなくなる。

12/8 5:00
号泣しながら結論に手をつけ始める。こんな中途半端な人間が、フェミニズムというあまりにも大きすぎる問題について論じるとはなんて烏滸がましいんだ、とまた涙が止まらなくなる。

12/8 6:00
結論をつけたら卒論が終わってしまうことに気づき、怖くなって最後の一文を書かずに終わらせる。気分転換をしようと思って、よく分からないが今月号のユリイカを読む。「馬鹿な質問はやめていただけますか」(©︎蓮實重彦)でひと笑いする。

12/8 6:30
やることはやったし考えは巡らせきったので、とりあえず1時間寝て午前中のうちに大学へ行くと友達に伝え、仮眠をとる。寝ている間に結論は何かアイデアが思いつくだろうと思った。そんな確信があった。

12/8 9:40
絶起

なんで寝たんだよ

12/8 10:24
何とか家を出る。

と、こんな感じで始まった今日だった。電車に揺られながら、パソコンを開いて卒論をやろうとしたけど、それはなんか違う気がして、パソコンを閉じて、ただひたすら考えを巡らせることに徹した。

ここ1ヶ月はただひたすら、作品を分析することといかに筋が通った理論展開をするかに徹していたので、そもそも「シスターフッド」をテーマに何でこの論文を書こうとしたのかも思い出すことなく今日まできた。
大学4年間は、あまりにも「ただ自分が女性であるというだけで」嫌な気持ちになることが多かった。そういう時に、頭が悪い私は、言葉や考えで対抗することができなくて、耐えるしかなかった。
「性暴力」「友愛」「家族」このコードの下で、大きくても小さくても、確実に苦しんだという感情がなくても、モヤッとしたことがある人もいると思うし、私も多分その類なんだと思う。経験したことを無かったことにしたくなくて、その一心だった。
飲み会でセクハラされたこと。高校の時、同級生との間に生まれた、言葉に変え難い関係、家族に縛られて生きる自分。それを打開していくのは自分の力によってしか不可能だなんて、誰が言ったのだろう。かっこ悪くても何でもいいから、私は誰かに助けてもらいたい一心だった。
できることは全部やり尽くして、それなのに「お母さんのせいにすることが多いよね、大人なんだから自分で何とかできたわけじゃん」と言われたことを、忘れたくない。この鈍器で殴られたような傷が、卒業論文を書く理由で、原動力だった。

自分の思ってることをこうやって滝のように、言葉にすることに抵抗はないし、むしろ好きな方だったけど、じゃあこの言葉は実際に誰かに伝わってて、誰かの血肉になってるか?と問われると全く自信はなくて。そういうところを卒業論文でたくさん鍛えてもらったと思う。
もしかすると、フェミニズムを論文で取り扱いたいです!と映画も嫌いなのに軽く言っていた私に、先生は呆れていたのかもしれない。

でも、私は本当に、この人生において人にはめちゃくちゃ恵まれていて、ゼミの先生はまさに「22歳のタイミングで出会えて良かった人」そのものでしかなかった。私のモヤモヤと気づきを言葉にできない時、必ず助け舟を出してくれて、優しいというわけではないかもしれないけれど、でも見捨てないでいてくれた。私の考えを(勿論、おかしなことを言ったら「それは違います」と訂正してくれるけど)真っ向から否定することなく、「世の中にはこういうものもあるんですよ」と教えてくれる、賢い大人がいる大学という環境が、もっと大好きになれた。間違いなく先生のおかげ。

私の卒業論文は、きっかけも独りよがりで、ただ自分のために書いているだけなのに、こんな自分勝手な行為で10単位ももらっていいのか、卒業を許してもらうのは正しいことなのか不安になって、電車の中でも泣き出したくなった。でも、もう大人だからぐっと堪えた。

なんとか卒論を提出した後、喫煙所に行ったらいつものように先生がいて、「提出しましたよね?さっきメール見ましたから、大丈夫です。どうでした?卒論」と聞かれた。先生の顔を見たら安心して思わず泣き出すかもしれない、と3日前は思ってたのに、弱すぎる自分が情けなくて、いつもみたいに先生の顔が見れなかった。
やっと絞り出した言葉は、「とにかく辛かったです。卒論を書くことが辛いんじゃなくて、ずっと自己言及している論文みたいになってしまって、こんなこと意味があるのか分からなくなりました、自分勝手に書き上げた論文って正しいのか、分からないです フェミニズムのことを考えていたら、本当に辛くなってしまって」と、とにかく情けなかった。そもそも提出してしまったのに、今更何を言ってるんだという話である。

「そうですか」と先生が煙を吐いて、「でも、立派だと思いますよ」と言ってくれた時、憑き物がとれたような、急に気持ちが軽くなった。誰かの言葉を欲しがるのは良くないと思うけど、先生がお世辞を言うことなんて、絶対にないことを知っているから、素直にその言葉を受け取って、少し泣いてしまった。

その後、私が授業をサボるのに付き合ってくれて、30分ぐらい立ち話をした。本当に取り留めもないような、些細な会話ばかりなのだけれど、それでも楽しくてしょうがなくて、毎週この時間はあっという間に過ぎていく。いつもは「授業サボらないで、早く教室行ってください」って急かされるけど、今日だけは休むのを許してくれた。

帰り、原付に跨った先生に「いいですか、帰るまでが卒論ですからね、気をつけて!」と言われた。今、気をつけて帰りながら、このnoteを書いている。とにかく、自分が生きている証として卒業論文を書けたこと、我ながら誇りに思う。このままなんとか、卒業まで頑張ります。


最近ちょっと好きになったキャンパスで
駅から遠いのがネックだが、空が広くて綺麗

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