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奇跡(脳腫瘍 21)

 退院して九段坂病院の外来を受診するときに持って行きたいので、臼井先生に頼んで首のMRIも撮ってもらおうと思っていたら、頼むまでもなく先生がちゃんと手配してくれて、脳と首の両方を撮られた。

 午後、先生から呼び出しがかかった。
「アンヌさん、空洞が消えたよ」
「えっ?」

 先生に言われてMRIを見ると、脊髄の真ん中にくっきり写っていた白い筋がなくなっていた。
 いつの間に消えたんだろう? 

 そう言えば入院する少し前あたりから、親指と人さし指の間でお湯の温度も感じるし、手の甲も温かくなっていた。
 とすると、脊髄の空洞は1月から2月にかけて、ほんのひと月半ほどできていただけか。

「脊髄空洞症友の会」のぽぽんたさんによれば、「空洞ができる原因が解消されると、髄液が流れて空洞が消失することもあり、経過をみていくなかで髄液の流れが良くなって消えてしまうこともある」とのことだが、私の場合は空洞ができた原因もわからなければ、消えた理由もわからない。

 臼井先生は、「脊髄の手術をしたから空洞ができたが、時間がたって元に戻ったのだろう」という意見だった。

 私にとっては文字通り「有り難い」ことで、奇跡が起きたのだと思わずにはいられない。
 やはり、自分が何か大きな力に守られているのを感じる。

「私もその強運にあやかりたいわ」
 最初に私の病気の話を聞いてそう言い、握手を求めてきたMさんは、14日に手術したいと願っていたが、入院後の検査で心電図に異常がみつかったため、手術が延期になっていた。
「心臓に問題があると全身麻酔は無理なんだって。心電図の再検査をして、それを見てから手術できるかどうか決めるんだって」

 手術がいつになるかわからないので、このまま入院しているべきか、いったん退院するべきか迷っていた。
 退院してまた入院するとなると、順番待ちをやり直すことになるから、手術は何カ月も先になってしまう。
 かといって、このまま治療をするでもなく、何週間も入院し続けているのもどうかと思う。

 毎日鬱々と過ごしていたMさんだが、18日になってゴーサインが出たと大喜び。2度目の心電図では異常がなくなっていたので、28日に手術することになったそうだ。
「アンヌさんが退院したら、そのベッドに移らせてもらうの。アンヌさんの運の良さが移るように」
 Mさんは子供のようにいたずらっぽい微笑を浮かべた。

 Sさんは入院して3週間たつのに、今もって失明の原因がわからない。
 それだけでもずいぶんストレスになっているはずなのに、ご主人やお嬢さんにも当り散らすことなく、いつも穏やかに接している。

「こんな言い方して失礼だけど、偉いですねぇ」
 そう言うと、
「向こうも辛いと思うから」
 という返事。
 お互いに相手を思いやり、優しく接していて、素晴らしい家族だと思う。

「Sさんに私の強運が移るように、握手してあげる」
 私はSさんのベッドのところへ行って、Sさんの手を握った。
「この病室に入れて良かった」
 Sさんは私の手を握りしめて、嬉しそうに笑った。

 みんなに「私の強運を分けてあげる」と言っていたら、Mさんに、「そんなにみんなに分けてあげたら、自分の運がなくなっちゃうわね」と言われた。

 私はそんなふうには考えない。
 強運は人に分けてもなくならない。だから強運なのだ。
 私の運の良さを、他の人に分けてあげることができたら素晴らしい。

 私は自分がこんな病気になって、大勢の人たちに助けてもらった。
 できないことを手伝ってくれた友人たちや近所の人たち。遠くから祈ってくれた友人たち。みんなに支えられてやってきた。
 だからこそ、自分も他の人の力になりたいと思う。

 Sさんの失明の原因が1日も早くわかって、また目が見えるようになりますように。
 Mさんの脳動脈瘤の手術が成功しますように。

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