耳のふた(脳腫瘍 12)
3月10日(木)、眼科の診察の後、耳鼻科の外来にも行って診てもらった。
耳鼻科は若い女の先生で、中耳までは異常ないが、鼓膜の色が変わっていると言われた。
耳の奥に溜っている髄液については、
「そのうち抜けると思うけど」
とのこと。
「抜けなかったらどうするんですか?」
「鼓膜を切って膿を出します」
鼓膜の色が変わっているから、先生は化膿していると思ったのかもしれない。(言われたときには思い付かなかったが、消毒のイソジンが耳の中に垂れていたせいで、鼓膜が染まってしまったのではないだろうか?)
膿と言われたのが気になったので、病室に戻ってから看護師さんに、中耳炎になっていないかどうか聞いてみた。
「なってないですよ。中耳炎になったら高熱が出るもの」
「今はなっていなくても、これからならないかしら?」
「中は滅菌してあるから大丈夫」
しかし、相変わらず右耳はふたをされたようで気持ち悪かった。
午後になって臼井先生から呼び出しがかかり、ナースステーションの脇の小部屋で、MRIを見ながらお話を聞いた。
MRIには小脳の腫瘍が取れてきれいになった脳が写っていた。
腫瘍は髄膜腫、正式な病名は「右後頭蓋窩髄膜腫」という。
再発する可能性はあるが、また取らなければならないかどうかはわからない。(多分、再発しても大きく育つのに時間がかかるからだろう。私が生きているうちに再発して、大きく育つかどうかはわからないということだ)
右目の奥の腫瘍も、現時点では視神経に何の影響もないので、取らずにおく方がいい。
腫瘍があれば取ってしまうというのは考えもので、手術すれば後遺症や何か問題が発生することが多いから、手術はしないに越したことはない。
空気の部屋は2つあるが、2つともあまりいい状態ではない。炎症を起こしている。
先生が指し示したMRIを見ると、空気の部屋に白っぽい斑点が出ていた。他の部分は暗い色に写っているので目立つ。
「右耳の違和感はしょうがない。ここに水が溜って耳の中に漏れているんだよ。粘膜じゃないから、いずれ吸収されるだろう。時間はかかるけど」
「どれぐらいかかるんですか? 1カ月ぐらい?」
「わからない。それぐらいかかるかもしれない。いやなら針で鼓膜に穴を開けて抜くけど」
「一生このままだったらいやだけど、何カ月かして治るなら我慢します」
夕方、Y先生が来たので、頭蓋骨に開けた穴の大きさを聞いてみた。
「腫瘍を取り出すのに必要な程度だから、これぐらいかなぁ」
先生は親指と人さし指で輪を作った。
「6センチか、7センチぐらい」
「そんな大きな穴を開けて、ふさいでないんでしょう?」
「筋肉の下で、直接触れない場所だから」
そう言って、先生はわざわざ図を描いてくれた。考えていたよりずいぶん下、首に近い位置だ。
「抜糸をした後は普通の生活に戻れるよ」
「このイソジンの頭を早く洗いたい。抜糸が済んだら洗えるの?」
「洗えるよ」
「美容院にも行きたいんだけど。髪を切っても大丈夫かなぁ?」
「普通に何でもしていいから」
先生はそう請け合ってくれたが、頭の右半分は何カ月もしびれていて、人に触られるのはもちろん、自分で触ることもできないほど不快感があった。
前年の10月に美容院に行ってカットしてもらったのを最後に、首のカラーをはめている間は髪を切れなかった。
頚椎の手術をするときにバリカンで剃られたところが伸びて汚かったが、開頭手術をした後は頭を触られるのがいやで、なかなかカットに行けなかった。
手術から2カ月たってようやく美容院へ行き、わけを話して傷の部分にはなるべく触らないように切ってもらった。
麻痺した感覚は徐々に戻ってきたが、前よりもっと不快に感じるようになり、風に吹かれただけでもゾーッと身の毛がよだった。
夏の間はずっとこうで、自分でシャンプーするにも頭の右側には触れなかった。
少しずつ良くはなったものの、半年以上たっても軽く触っただけで違和感があった。
痛みもずっとあった。
夏になってもときどき痛かった。
耐えられないほどの痛みではないが、脳の中の腫瘍があった部分が痛いのか、切ったところが痛いのか、それとも右目の奥の腫瘍の影響で痛いのか、わからないのが気にかかった。