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歩行器が外れた(頚椎腫瘍 28)
リハビリ室に通い始めてどれくらいたった頃だったか、歩行器なしで歩く練習が始まった。
鏡に向かって、お能の足の運びのように膝を曲げ、重心を落として歩く。そろりそろりと、4メートルぐらいの距離を5往復ほど。
その後、手すりにつかまらずに、低い踏み段を上り下りする練習も始めた。
歩行器なしで病棟を歩けるようになった日が正確に何日だったのか、覚えてもいないしメモもつけていないとは抜けているが、術後1カ月たたないうちだった。
夕方、N先生が来たとき、廊下に出て歩けるところを見せた。
歩行器を放して、ほんの2、3メートルの距離を自力で歩く。少し不安だったが、ふらつかずに歩けた。
「ああ、いいですねぇ」
N先生はとても喜んでくれた。
この機に乗じて、すかさず外出許可を願い出る。
「近いうちに、できれば24日頃、1度自宅に帰ってみたいんですけど」
「いいですよ」
やったー!
「お風呂もまだシャワーだけなんですけど、浴槽に入ってもいいですか?」
「いいですよ」
今まで何を聞いても返事を渋っていたN先生が、この日は何でもふたつ返事だ。本人の私より嬉しそうだ。
国分寺のお姉様に言うと、
「そりゃあそうよ」
と、すぐさま返事が返ってきた。
「自分が手がけた患者がこんなに回復したんだもの、そりゃあ嬉しいわよ」
ふーん、そんなものかなぁ。
とにかく一時帰宅の許可が下りたので、区の福祉サービスセンターに電話して、送り迎えのボランティアを探してくれるように頼んだ。
12月20日(月)、術後4週間目の血液検査とレントゲン、MRI。
確かこの日の夕方だった。
歩行器なしでどこかへ行って、病室に戻ろうとナースステーションの前を通りかかったら、中にいたN先生に呼び止められた。
「今、病室に行ったんですよ。こっちに入ってください」
そう言われて中に入ると、奥のガラスボードの前の椅子を勧められた。
先生が撮ったばかりのレントゲン写真をボードに貼る。
首の骨をつないでいるワイヤーが、くっきりと丸く写っていた。
「手術から1カ月たちましたが、ワイヤーははずれてもいないし、緩んでもいません。骨にも異常ありません。感染症の恐れもなくなりました」
ほっとして、思わず感謝の言葉が口をついて出た。
「N先生のお陰です。どうもありがとうございます」
「いや、中井先生のお陰です」
N先生は即座に否定した。
もちろん、中井先生のお陰ではある。
が、それはそれとして、入院中のあれこれを考えると、やはりN先生のお陰だと言いたかった。
先生が熱心にケアしてくれたから、順調に回復してこられたのだ。
心から感謝している。