脊髄空洞症(自宅待機 14)
2月18日、今にも雪が降りそうな寒さだった。
にもかかわらず、虎の門病院の脳外科外来はとても混んでいて、予約なしで行ったのでずいぶん待たされた。
臼井先生に九段坂病院から借りていったMRIを見せると、白い部分はやはり空洞とのこと。脳腫瘍とは関係ないので、入院も手術も予定通りと言われた。
病名は「脊髄空洞症」。脊髄に空洞ができ、そこに水がたまる病気だそうだ。
「どうして空洞なんかできたのかしら?」
「わからない。首の腫瘍を取った影響かもしれない」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「首からチューブを入れて水を抜くんだよ。せっかくふさがった傷のところをまた開けなくちゃならないから、少し様子を見よう。脳腫瘍を取るのが先だから」
いやだなぁ、また首を切るなんて。踏んだり蹴ったりだ。
「こういうときに新興宗教の人に何か言われたら、信じちゃうんですよねぇ」
そんな冗談を言って笑ったが、何かの祟りだと言われたら信じてしまう人もいるかもしれない。私は祟りなどまったく信じないが。
「脊髄空洞症の治療をするのは整形外科ですか、それとも脳外科ですか?」
「脳外科だよ」
お昼近くになってもまだ大勢の患者が待っていたので、臼井先生は苛々しているようだった。
聞きたいことはたくさんあったが、飛び入りで受診しているので悪いと思って、早々に引き上げた。
家に帰ってネットで「脊髄空洞症」を検索し、あちこちのサイトに飛んで読みまくった。ざっと概要を書いてみる。
読んでいるうちに気分はどんどん落ち込んでいった。
手の甲が冷たい、お湯の温度を感じない、指先に力が入らないなど、思い当たることはいくつもあった。
右手のしびれは頚椎の神経根を切ったせいだと思っていたが、脊髄空洞症の影響もあるかもしれない。
脳腫瘍の手術が終わるまでに症状は少しずつ進行するだろう。
手術したばかりの首をもう1度切って水を抜いても、それまでに出た症状は治らないなんて。
これでもか、これでもかとのしかかってくる重い現実に押し潰されそうだった。
1人の人間が背負うには重すぎる。だれか、助けて!
けれども、今の医学で解決する方法がないのなら、病院の先生方には治すことができない。中井先生にも、N先生にも、臼井先生にも、だれにも助けてもらえない。
一体、どうしたらいいんだろう?
滅多に気が動転したりパニックになったりしない私がうろたえていた。足がしびれて痛くなかったら、おろおろと部屋中を歩き回るところだった。
ネットで調べた中に、慈恵医大の脳神経外科診療部長である阿部先生を中心に、患者とその家族で結成された「脊髄空洞症友の会」があった。
慈恵医大では年間20例の手術を行い、これまでに250例以上も治療を行ってきたそうで、脊髄空洞症については阿部先生が日本で1番経験豊富なドクターらしい。
脳腫瘍の手術が済んだら、1度慈恵医大を訪ねてみよう。
じっとしていられないので、「脊髄空洞症友の会」について書かれたサイト「ふしぎの森」のぽぽんたさんにメールを出した。(ぽぽんたさんからはすぐに「友の会」の資料が送られてきたので、私も入会することにした)
中井先生にも九段坂病院のホームページ経由でメールを送った。
脳外科受診の報告をし、「脊髄空洞症」についてネットで調べた情報を記し、虎の門病院を退院したら慈恵医大の阿部先生に紹介状を書いて欲しいと頼んだ。
ここまでは冷静に書いたのだが、最後にほんのひと言弱音を漏らした。
「次々にいやなことが降りかかってきて、さすがにめげてしまいそうです」
先生にこう訴えただけで、いくらか気分が落ち着いた。
中井先生から返信が来ることは期待していなかった。
ところが、先生は返信してくださったそうで、私はそれを虎の門病院を退院した後(つまり、1カ月以上も後になって)、九段坂病院の外来受診のときに初めて知った。
「返信したけど、戻ってきちゃった」
えー! そうだったんですか?
実は、中井先生にメールする数日前、私はメールアドレスを変更したのだが、プロバイダーのサイトで変更の設定をしたのに、うっかりメールソフトのアカウントを変更するのを忘れていた。
それで、私が連絡した新しいアドレスをクリックして「新規」で送信してくれた人のメールは届いたが、古いアドレスから送ったメールに「返信」したものは届かずに戻ってしまったのだった。
ケイコさんから指摘されて気がつき、直したのだが、中井先生からの返信は届かなかったという次第。申し訳ないことをした。