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転倒防止棒の設置

 去年の夏、区から防災グッズのギフト案内が来た。
 同封されていた小冊子から欲しいものを選んで、5,000ポイント分の品物を無料で送ってくれるというものだった。

 転倒防止用品、消火クロス、簡易消火スプレー、ラジオ、懐中電灯、ヘルメット、防護メガネ、マスク、救急バッグセット、モバイルバッテリー、水、缶詰、レトルト食品、フリーズドライの味噌汁セット、離乳食、ペットフード、保温アルミシート、おむつ、口腔ケア用品、トイレ処理用凝固剤など、160点以上が掲載されていた。

 私はその中から家具転倒防止棒2,000ポイントと、薄型モバイルバッテリー3,000ポイントを選び、締め切りが9月30日だったので8月中に申し込んだ。
 区からは11月から3月にかけて順次配送するというハガキが届いた。

 年が明けて、1月末になってもまだ届かないので、区に電話してちゃんと受け付けされているか聞いてみた。
 ちゃんと受付されているとのことで、3月に入ってからやっと配達されてきた。

 転倒防止棒の取り付けは、65歳以上の単身者または高齢者のみの世帯は、区に申し込むと取り付けに来てくれるとのことだった。
 花粉の時期に人に来られるのは避けたかったので、5月になったら申し込もうと思っていたのだが、ぐずぐずしているうちに7月になってしまった。

 申し込もうと区に電話したら、高齢者のサポートセンターで受け付けていると言うので、歩いて5分ぐらいのところにあるサポートセンターに行って申し込んだ。
 1週間ほどして申請が通ったという通知が来た。
 その後業者から電話で取付日時について連絡があったので、仕事が休みの水曜日に来てもらうことにした。 

 うちには高さ180センチ、幅180センチのガラス扉のついた本箱と、高さは同じだが幅は45センチで主に文庫本を並べている本棚がある。

 大きい本箱は上下が2つに分かれるようになっていて、奥行きは下が45センチ、上が35センチあり、上の本箱は下の本箱の四隅の小さな出っ張り部分にはめて乗せてある。
 地震で倒れるとしたら上だけが倒れるだろう。
 ガラス扉がはまっているし、右側の区画には食器が入れてあるので、倒れたらガラスや食器が割れる恐れがある。
 私が本箱にしているだけで、元々これはカップボードなのだ。
 転倒防止棒は大きい方のガラス扉のある本箱に取り付けてもらうつもりだった。

 昨日、朝9時に業者が取り付けにやってきた。
 30前後の若い人で、とても感じ良かった。
 彼に居間の大きい本箱を見せて、これに取り付けてもらいたいと頼んだ。

「棒はそこに置いてあります」
 そう言うと、彼は「えっ」という顔をした。
「その箱の中」
 区から送ってきた箱をそのまま本箱の前に横倒しに置いてあるのを指差すと、彼は、
「持ってきたんで、それを取り付けます」
 と言った。
 棒の設置を申し込むと、棒も申し込んだことになるそうで、持ってきた棒の方がしっかりしているからということだった。

「でも、区からタダで送ってもらったのよ。そっちはお金を払わなくちゃいけないの?」
「いや、申請が通っているので無料です」
「それならいいけど、こっちのはどうしようかしら」
「そっちに付けますよ」
 そう言って、彼は後ろの幅の狭い本棚を指差した。

 作業に入り、先に大きい本箱の方に持ってきた棒を取り付けてくれた。
 真っ直ぐになっているかどうか確かめながら、上のネジと下のはめ込み部分を回して固定し、棒2本をしっかり取り付けた。
 私は手の力がなくてネジをきつく締められないから助かった。

 大きい本箱が済んでから、小さい本箱に区からもらった棒を取り付けてくれたが、先に取り付けた棒と比べると、見るからに材質が弱そうだった。
「そっちはちゃっちいわね」
 と、タダでもらったくせにケチを付ける。

 設置するのも、わずかにかしいでしまうようで、何度も横から見たり、前から見たりして、真っ直ぐに立てるのが大変そうだった。
 ネジを回したり、戻したり、何度も微調整して、これでOKとなるまでにだいぶ時間がかかった。
 専門家がやってこうだから、素人にはもっと難しい。
 私にはとても無理だ。

 作業が終わって、心から感謝し、何度もお礼を言った。
 ドアを閉めてから、今日一日、良い日でありますようにと祈った。
 私は親切にしてもらうと、例えば電車の中で席を譲ってもらったりすると、相手のためにそう祈る。
 自分のためには何も祈らない。

 人の役に立つ仕事はいい。
 彼は自分がいい仕事をしていることに気が付いているだろうか?
 そう言ってあげれば良かった。

 でも、そんなことを知らなくても、行く先々で人に感謝されて、気持ちのいい1日を過ごすだろう。
 それでいいのかもしれない。

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