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どうして眼科に?(脳腫瘍 11)
3月6日(水)、視力検査、視野検査。
相変わらず右耳にはイソジンが入っているらしく、耳にふたをされているような感じだった。プールで泳いで耳に水が入ってしまったのと同じ不快感。
臼井先生によれば、髄液が漏れて耳の奥に流れ込んでいるせいで、何日かすれば水が少なくなるので治るとのことだった。
朝食後、看護師さんが眼科外来に行くからと車椅子で迎えに来た。
「どうして眼科なの? それより耳鼻科に行って耳の中を診てもらいたいんだけど」
わけがわからなないまま、車椅子で眼科の外来に連れて行かれた。
眼科は外来患者で混んでいたので、車椅子に座って順番を待っていた。
私は消毒のイソジンで髪の毛がバリバリにかたまっているので、頭にはタオルを巻いてある。
タオルの下からはドレインの管が出ているし、血の入った容器を膝に乗せ、腕には点滴の針を射している。
そんな物々しい姿を見て、外来の看護師さんがどうしたのかと聞くので、おととい開頭手術を受けたと言うと驚かれた。
「えっ、もうそんな普通に起きて、大丈夫なんですか?」
たいていの人は開頭手術と聞くと、頭に穴を開けるのだから、もっとぐったりして、ろくに口もきけない状態になるものと思うらしい。
「おととい手術したばかりで、すごいですね」
いや、穴を開けたのは頭蓋骨で、脳みそに開けたわけじゃないんだから。
しばらく待ってから視力検査があり、また少し待ってから視野検査を受けた。
1〜2年前に家の近所の眼科で視野検査を受けたが、専用の器械を使い、光の出方はプログラミングされていた。
この病院では検査する人が手動で光を点滅させ、反応を紙に記入していく旧式なやり方をしている。
コンピューター制御された検査では、どの方向に光が現れるか見当がつかなかったが、手動式のものでは光が球体の内部を一周するように移動していくので、次はどこに現れるか予測できて楽だった。
検査の後は先生の診察があるのだが、私を担当する先生はその日は不在で、明日また来るように言われて病室に帰された。
翌日、もう一度外来に行って診てもらい、眼底検査も受けた。
前に近所の眼科で受けた眼底検査では、パソコンの画面に眼底の写真が写し出され、生まれつきのものらしいアザがみつかったが、今回は先生が肉眼で眼底を見るので、アザは見えないらしかった。
「アザがあるのはどっちの目ですか?」
そう聞かれたが、覚えていなかった。
先生の診察では眼底は異常なし。
昨日検査した視力にも、視野にも異常はなかった。
今後は定期観察でいいとのこと。
実は、8日に撮ったMRIで、右目の奥に小さな腫瘍が見つかったのだった。
眼科の外来に行った後で知らされ、愕然とした。
やっと危険な爆弾を取り除いたと思ったら、もう1つ爆弾がみつかった。
それも、視神経に触れるいやな場所に。
私はほっとする時間を与えられない運命にあるらしい。
消灯時間の少し前、ベッドの回りにカーテンを引き、横になってラジオを聞いていると、麻酔科のK……先生が現れた。
全身麻酔の後遺症がないかどうか、様子を見にきてくれたのだった。
「差し歯に気をつけて、アンヌさんには特に優しくやりました」
と言うのでお礼を言った。
後で同室のKさんに、
「アンヌさんに特に優しくやるんじゃなくて、みんなに優しくやってもらわなくちゃ困るわよ」
と言われた。
確かにそうだが、もちろん先生だって差し歯が折れてもいいなどと思っているはずはない。
ただ、私のように折ったら弁償しろなどと言う患者には、先生も気を遣わずにはいられなかったのだろう。